仮説思考とは、初期的に限られた情報の中で、問題の特定と解決策について、ある仮説を持って臨むことです。その初期仮説は当然ながら、さらに情報を入手し分析作業を進めるうちに修正を余儀なくされます。しかし、すべての情報が出揃うまで判断を待つよりも、まずは限られた情報で仮説を立て、新たに入手した情報・分析をもとに適宜それを修正して真の問題にたどり着くほうが、遥かに作業時間は早いのです。優れたリーダーは、自らの経験や知識によって質の高い仮説を考えることができ、それだけ本質的な問題に素早く到達することができます。「場数を踏む」ということも、経験値をうまく活用し、この仮説思考を猛烈に高速で回していることに他ならないのです。
業績不振の企業にとっては、改善への取り組みは時間との戦いです。表層的な事象に囚われて本質的な問題を見過ごした結果、時間を無駄に過ごしてしまい、企業が倒産の危機に晒されるケースは世の中に多数あります。なぜなら、企業は窮地に陥るほど、取り得る選択肢が限られ、自らの命運を他人に委ねてしまわねばならなくなるからです。企業の建て直しでは、時間との戦いがすべてなのです。
組織を率いるリーダーには、組織がそのような状況に陥らないよう、いち早く本質的な問題を見極めるスキルが求められます。そして、その見極めのためには、表層的な事象の原因をしつこく仮説思考で考え続け、本質的な問題をできる限り早く解決するしかないのです。
本章では、小城山上海が抱えているさらなる本質的な問題が出てきます。ぜひ、皆さんも一緒に考えながら読み進んでください。
生産品質改善の第一歩
翌週月曜日の7時45分、ちょうど8時のシフトが始まる15分前に、モデルライン横のスペースに各工程のラインリーダーが集合していた。そこに、総経理のスティーブ、副工場長のチョウ、開発担当の山田、調達担当のウェイといった経営陣も顔を揃えた。その傍らには、健太と麻理も参加していた。
生産ラインの作業員にしてみれば、経営幹部が一堂に会して生産現場に足を踏み入れるのは前代未聞のことだった。ラインリーダーの誰もが緊張した面持ちで整列していた。
スティーブが挨拶を始めた。
「皆さん、早朝に集まってくれて、ありがとう。皆さんの協力もあって、先週からモデルラインが稼働し始めました。そこで、早くも改善点が明らかになってきました。一つは、各工程で押さえるべきポイントを明確に意識しながら作業を行っていないということ。もう一つは、社外から調達している部品の品質が安定しないために、それを使った製品で不良品が発生しているということです。これらの問題を解決するために、今日からさらに新しい取り組みを行っていきます。これは小城山本社でも高い効果が上がっている取り組みなので、ぜひ皆さんにも学んでほしいと思います」
続いて、チョウが「3分間チェック」の手順を話し始めた。
「これから皆さんに行ってもらうのは『3分間チェック』と呼ばれるものです。シフト開始前の3分間に、皆さんがラインリーダーを務めている工程の作業員の皆さんに、作業時の確認事項を徹底してもらいます。特に今回は、社外から調達している部品の確認にも注意を払ってもらいたいと思います。先週山田さんからお伝えした5つのチェック項目に基づいて、作業員の皆さんを指導してください。よろしくお願いします」
その説明を山田が引き取った。
「くれぐれも自分の後ろの工程には不良品を流さないという意識を徹底させてください。私も午前中はラインを巡回していますから、困ったことがあったらすぐに知らせてください」
山田はそう伝え、ラインリーダーの不安を取り除く配慮を見せた。