「ほぅ、それはどういうものですか」チョウが尋ねた。

「始業開始前の3分間に、ラインの各工程で全メンバーが集まり、作業場のチェック事項を確認するのです。例えば、自分の担当部品をどんな角度でどのように溶接するか、どのポイントを見れば除外すべき部品かわかるのか、などをチェック事項として確認していきます。この確認作業を毎朝、作業に着手する前に3分間かけて行うのです。指導役は各工程のラインリーダーが担います」

「なるほど。実際に部品を手に取って注意点を確認するわけですね。しかし、たった3分間でいいんですか。朝礼という形で詳しくやったほうが効果的ではないですか」

「いえ、3分という短い時間ですが、5つ以内の確認項目に絞って、体に染み込ませることが大事なんです。確認項目がそれより多いと、かえってチェックが疎かになってしまう。部品の品質についても、慣れてくれば手で触って直感的におかしいと思えるようになってきますよ」

「そんなに微妙なこともわかるんですか?」麻理が半信半疑で尋ねた。

「意外とわかるものですよ。毎日何百個と部品を触っているわけですから、手が覚えてきます。コンプレッサーは精密機械ではないし、やるべきことをきちんとやれば、必ず良いものが作れるはずです」

 そこまで聞いて、チョウが言った。

「それでは来週からやってみましょう。山田さん、それまでに各工程のラインリーダーを実地に教育して、『3分間チェック』をできるようにして頂けますか」

 山田も快く応じた。山田としても、生産品質の改善に貢献できることが嬉しいのだ。それまでは、幹部同士が責任を押しつけ合い、いがみ合っていたのだから、良い変化が起きつつある。

瀬戸顧問の解説〈リーダーのスキル1〉
本質的な問題を短時間で見極める力

 業績不振の企業に限らず、企業の問題に取り組むに当たって、我々はとかく表層的な事象に目が行きがちです。しかし、多くの場合、その裏には本質的な問題が隠されており、その問題を解決せずに目先の問題だけを解決しようとすると、対症療法に留まり、結局は同じ問題が再発してしまうことになります。再発だけで済むならまだしも、企業が病に侵されると、それはどんどん悪化していきます。

 例えば、業績不振の企業において、よく人員削減(リストラ)を毎年繰り返しているケースが見受けられます。それはコスト削減をしないといけない、という対症療法に甘んじているからで、「市場における競争力を回復する」という本質的な問題を解決しない限りは、縮小均衡を目指してリストラを繰り返すという負のスパイラルから逃れることはできないのです。その結果、組織が疲弊し、従業員が活力を失ってしまい、復活のきっかけをつかめないまま破綻に突き進んでいくことになるのです。

 健太が小城山上海に赴任してすぐにスティーブから聞いた問題は、同じく表層的なものでした。健太が不良率を改善するという問題を対症療法で切り抜けようとすると、最終検査を厳しくするというだけに終わっていたかもしれません。その裏には、不良品が発生する原因があり、それを特定していくと、実は社内の努力だけでは不十分で、サプライヤーの協力も仰ぐ必要があることがわかってきました。社内の問題だけであれば、解決はもっと簡単だったかもしれません。

 このように、本質的な問題を見極めるということは、問題の原因をしつこいほど考え抜くという癖が必要になります。そして、本質的な問題に短時間でたどり着くためには「仮説思考」が求められます。