「ホールボディーカウンター」では
ベータ線は検出できない

坪井 フクシマ原発事故直後に、ダイヤモンド・オンラインで関連する記事を十数本書きましたが、2011年6月16日付の記事で、IAEA(国際原子力機関)が2006年に発表したレポートを紹介しました。
 その中にチェルノブイリ原発事故で放出された核種と放出量のリストが掲載されています。この一覧表を見ても、トリチウムは記されていません。つまりIAEAもノーマークでした。水の状態なのでよくわからなかったのでしょうか。

広瀬 そうでしたか。水として存在するので、実際には化学的に正確な放射能測定は不能です。一般には「トリチウム? 初耳だ」という人がほとんどでしょう。トリチウムはヘリウムになるまでに、ベータ線を出します。しかもトリチウム水として、普通の水と同じように体内の細胞や血液に入るので、体内のあらゆる組織にこのベータ線が作用することになります。

 人体の中に蓄積された放射性物質の量は、現在では「ホールボディーカウンター」と呼ばれる全身測定器で測れます。これは体内の“量の変化”を知るには有効なのですが、セシウム137がバリウム137に安定化するまでに放出する透過性の高いガンマ線しか測定できないので、実量の測定ではありません。ストロンチウム90やトリチウムが出すベータ線はまったく測定できないんです。この点をマスコミはまったく報道していません。

坪井この本では、健康被害はこれから出てくる、と書いておられますね。

広瀬 「原発事故は収束した、終わった」と思われていますが、トンデモナイ間違いです。原発事故から4年余りが経過した今、東京を含む東日本地域でも、これからガンや心筋梗塞になる人が急増することは間違いありません。
 過去の史実に照らし合わせると、チェルノブイリ原発事故(1986年)やアメリカのネバダ大気中核実験(1951~57年で計97回)でも、事故後5年から癌・白血病になる人が急増したからです。その意味で、「タイムリミットはあと1年しかない!」のです。

 大気中の核実験と原発事故は違うと思われがちですが、まったく同じ200種以上の放射性物質が2011年3月から6月にかけて首都圏でも大量に降り積もっています。あの事故のとき、私が観察しても、多くの人はほとんど無防備でした。いまがちょうど病気の潜伏期の最後の段階です。これから大変なことが起こります。

坪井 チェルノブイリ事故のときは、事故発生の翌日、1986年4月27日から軍のヘリコプターでホウ酸40トン、石灰岩800トン、鉛2400トン、ほかに粘土や砂など合計5000トンを原子炉へ投下しました。これは1週間続きます。
 その結果、10日目に放出量が低下しました。その後、「象の足」と呼ばれる溶岩が固まったような状態になります。フクシマ原発事故では地上と上空から放水しました。フクシマ原発事故でも、チェルノブイリと同じ対応をとるべきだったのではないでしょうか。

広瀬 事故直後、私もとりあえず大至急、放射能放出をおさえるためにセメントなどを投下するべきではないかと、とっさに考えました。
 しかし今は、メルトダウンした燃料内部からの汚染水の発生を食い止めるべきだと思います。たとえば鉛を使った汚染水漏洩防止の方法について、立命館大学特任教授の山田廣成氏が、このサイトで提唱しています。今でも、試してみるべきでしょう。
 ただし、チェルノブイリ原発は黒鉛減速・軽水沸騰冷却・チャンネル型で、フクシマと構造が異なるので、何とも言えません。良心的で、しかも化学・物理・原子力・金属・機械の全分野にわたる優秀な頭脳の専門家を全世界から集めて、フクシマ原発事故現場の対処法を考えるほかありません。東京電力や無知な原子力規制委員会に任せて、これを解決することは不可能です。