『社内プレゼンの資料作成術』がヒット中の元ソフトバンク社員・前田鎌利さんと、ソフトバンクの社内研修等を担当している人材開発部長・源田泰之さんに、ソフトバンク流「社内プレゼン」について語り合ってもらった。孫正義氏がダメ出しをするプレゼンとは? 一発OKを勝ち取る戦略とは? 孫氏が社員のプレゼンに「何」を求めているかが明らかになる。(進行:田中泰、構成:田中裕子)

孫正義氏が「ダメ出し」をするプレゼンとは?

――おふたりとも、孫正義社長(現会長)に、直接プレゼンをされたご経験がおありです。かなり緊張されるのではないですか?

源田泰之さん(以下、源田) もちろんです。圧倒的な存在感ですからね。別に怖い顔をしているわけじゃありませんよ。ただ、淡々とこっちのプレゼンに耳を傾けているだけ。だけど、僕たちにとってはそれが怖い。自分なりにあらゆる質問に答えられるように準備してプレゼンに臨んでいるのですが、どんな鋭い質問が飛んでくるかわからない。

前田鎌利さん(以下、前田) そうですね。プレゼンをはじめてからの反応もはっきりされていました。いまいち説得力がなければ「本当にできるのか?」とものすごい疑いの目で見られましたし(笑)、興味があるときには「面白い!」という表情で身を乗り出される。興味を示していただけないときは、イヤな汗が止まらなくなりました。

――ところで、孫さんが「ダメ出し」するプレゼンとは?

源田泰之(げんだ・やすゆき)ソフトバンク株式会社人材開発部部長。1998年入社。営業を経験後、2008年より現職。グループ社員向けのソフトバンクユニバーシティ及び後継者育成機関であるソフトバンクアカデミア、新規事業提案制度(ソフトバンクイノベンチャー)の事務局責任者。ソフトバンクユニバーシティでは、経営理念の実現に向けて社員への研修を企画し、社内認定講師制度などのユニークな人材育成の制度を運用。ソフトバンクグループ株式会社・人事部アカデミア推進グループ、SBイノベンチャー管理部長を務める。また、大学でのキャリア講義や人材育成に関する講演実績など多数。

源田 まず、長いのはダメですね。何についてプレゼンしようとしているのか? 要するに何が言いたいのか? それが伝わらないプレゼンをダラダラとしていると、うまくいかない。ソフトバンクには「どんなに難しい課題でもプレゼンは5分あれば十分」というカルチャーが根付いているんです。

前田 そうですね。僕は、できるだけ3分に収めるように心がけていました。決裁者の立場に立って考えれば、長いプレゼンほど迷惑なものはないですからね。孫さんを筆頭に皆さん超多忙です。限られた会議時間のなかで、次から次へと決断をしていかなければならない。要領を得ないプレゼンをしたら、それだけで却下されるのも当然ですよね。

――3~5分でプレゼンを終えるためには、どうすればいいのですか?

前田 プレゼン資料の枚数を少なくすることです。『社内プレゼンの資料作成術』でも書いたことですが、本編資料を5~9枚でまとめるんです。いちばんまずいのは、20枚も30枚も資料をつくって、それを早口で機関銃のように話してしまうことですね。

源田 ああ、その罠に陥る人、たまにいますね。資料が多いだけでもわかりにくいのに、それを早口で説明したらほとんど何も頭に入らない。OKをもらえる確率は限りなくゼロに近づく。

前田鎌利(まえだ・かまり) 1973年福井県生まれ。東京学芸大学卒業後、光通信に就職。2000年にジェイフォン(現ソフトバンク株式会社)に転職して以降、と17年にわたり移動通信事業に従事。2010年に孫正義社長(現会長)の後継者発掘・育成機関であるソフトバンクアカデミア第1期生に選考され第1位を獲得。孫正義社長に直接プレゼンして幾多の事業提案を承認されたほか、孫社長のプレゼン資料づくりも数多く担当した。その後、ソフトバンク子会社の社外取締役や、ソフトバンク社内認定講師(プレゼンテーション)として活躍。2013年12月にソフトバンクを退社、独立。ソフトバンク、ヤフー、株式会社ベネッセコーポレーション、大手鉄道会社などのプレゼンテーション講師を歴任するほか、全国でプレゼンテーション・スクールを展開している。著書に『社内プレゼンの資料作成術』(ダイヤモンド社)がある。

前田 そうなんです。だから、まず資料を5~9枚でシンプルにまとめることが大切。資料はプレゼンのシナリオみたいなものですから、シナリオが簡潔であれば、自然とトークも短くなります。大事なのは、伝えるべき情報を取捨選択して、少ない資料で説得力のあるストーリーを組み立てることなんです。

源田 そうそう。前田さんには、在職中から現在までずっと、ソフトバンクの社員を対象に「社内プレゼン研修」をお願いしているんですが、いつも、この話から研修を始めてもらっています。最初はみんな「ストーリーを組み立てるなんて、どうしたらいいかわからない」と言って来るんですけど、前田さんの研修を受けて実践でトライしていくなかで、驚くほど上達していきます。

前田 いや、実際、社内プレゼンのストーリーって、そんなに難しいものじゃないんです。なぜなら、社内プレゼンの多くは、なんらかの問題を解決するために行われるからです。だから、「課題(どんな課題があるか?)」→「原因(その課題が生じる原因は何か?)」→「解決策(その原因を解消する具体策の提案)」→「効果(提案内容を実施した場合の効果予測)」というストーリーさえマスターできれば、どんな案件でも対応できるようになるんです。

源田 そうですね。そして、このストーリーを説得力をもって展開するために、不可欠な要素だけを本編資料に盛り込む。いかに、余計な要素を捨てて、本質的なことだけをピックアップできるか。これが、シンプルなプレゼン資料をつくる最大のポイントでしょうね。
 この間も、孫にプレゼンする機会があったのですが、必要となりそうなスライドを作っていたら50枚になっちゃったんですよ(笑)。

前田 おお、それは大作だ。

源田 でも、「意思決定のために、本当に必要な要素は何だ?」と吟味して選り分けていったら、結果的に3枚しか残らなくて。もちろん、プレゼンもあっという間に終了しました(笑)。

前田 あはは、それはすごいですね。それ、決裁は通ったんですか?

源田 はい、無事にゴーサインをもらえました。まぁ、これは極端な話ですけど、それくらい徹底してシンプルにプレゼン資料をつくるように心がけています。

意思決定に必要な要素だけを盛り込む

前田 すごく共感します。シンプルなプレゼン資料をつくるうえで大切なのは、「自分が伝えたいこと」という観点ではなく、「決裁者にとってどうか?」という観点で考え抜くことですよね。「これを伝えたい」という“自己視点”にこだわりすぎると、だいたい情報を詰め込みすぎることになりますし、周りからはバランスを欠いているように見えるケースが多い。

源田 決裁者の立場に立つ、ということですよね。

前田 ええ。とにかく「どのファクト(事実)があれば意思決定ができるか?」を考えるんです。このロジックの組み立てで、このデータがあれば納得せざるを得ないだろう、と。逆に、「この情報はなくてもイエスを引き出せるな」と思えば、本編資料からは落としていく。

源田 そうですね。社内プレゼンの目的はただひとつ。「意思決定をしてもらう」こと。だから、そのために必要不可欠な情報だけでシンプルな本編資料をつくる。それが、採択率を上げる鉄則ですね。
 あと、『社内プレゼンの資料作成術』に「1分バージョンも準備しておく」と書いてあって、やっぱり前田さんもそうだったのか、と膝を打ちました。僕も、1分バージョンをいつも用意しています。実際、前のプレゼンが押して時間がないこともありますし、決裁者が途中退席しなければならないときもある。そんなときでも、1分なら時間をもらえますからね。

前田 そうそう。退席した決裁者を廊下まで追いかけていって、iPadでスライドを見せながら1分プレゼンをしたこともあります。その場で決裁を取れなかったら、次回の会議まで1~2週間、場合によっては1ヵ月もブランクが空くこともある。それは、大きな機会損失ですからね。どんな事態が起きても決裁が取れるよう、準備しておくべきだと思います。

源田 前田さんは、1分バージョンはどう組み立てるんですか?

前田 ケースバイケースですが、先ほどの「課題」→「原因」→「解決策」→「効果」の「課題」をカットすることが多いですね。というのは、決裁者も社内にどんな「課題」があるかはだいたい把握していることが多いですからです。そして、順番をひっくり返して、最初に「解決策」と「効果」を示して、その背景として「原因」を伝える。これなら、1分で収まります。

アペンディックス(別添資料)が勝負を分ける

――ところで、本編資料から落としていった要素はどうするんですか

前田 全部、アペンディックス(別添資料)にもっていきます。このアペンディックスがものすごく重要なんです。3~5分でプレゼンを終わらせるには、本編資料で伝えるのは提案の骨子だけにしなければなりません。そうなると当然、決裁者にとっては「確認したい点」や「補足説明を求めたい点」が出てきます。だから、その問いかけに適切に応えられるように、本編から落としたデータはすべてアペンディックスとして資料化して、いつでも取り出せるように準備しておく必要があるんです。

源田 社内プレゼンの成否はアペンディックスにかかっているといっても過言ではないかもしれませんね。僕も、3枚の本編資料で勝負したときは、どんなツッコミが来ても対応できるように、これでもかっていうくらいアペンディックスを充実させましたよ(笑)。

前田 そうなんです。僕には、忘れられない失敗があります。孫さんにプレゼンしたときに、「まさかここまで話は及ばないだろう」と油断してアペンディックスを用意していない部分があったんです。そうしたら、すかさず孫さんに「ここのデータはないのか?」とツッコまれて、あえなく撃沈しました。今、思い出しても冷や汗が出てきます(笑)。

源田 わかります。特に孫へ確認する場合、大きな事柄の決裁になりますから、あらゆるリスクを考えて、プレゼン内容の是非を吟味します。だから、少しでも疑念が残るとアウト。その疑念のすべてを打ち返せるだけのアペンディックスを用意できないとダメですね。

前田『社内プレゼンの資料作成術』にも書いたんですが、僕は、決裁者になったつもりで、自分がつくった本編資料にどんどんツッコミを入れて、それに応えられるアペンディックスをたくさんつくってきました。たとえば、次のスライドをご覧ください。これは、あるメーカーの資料をデフォルメしたものです。自社とライバル会社B社の販売量の推移を示したうえで、B社にシェアを奪われていることを説明しているわけです。

 ここで想定されるツッコミは「なぜB社が大きく販売量を伸ばしているのか?」といったことです。もちろん、それに応えるアペンディックスを作成します。だけど、これだけだと危ない。というのは、鋭い決裁者は「異常値」に敏感だからです。B社の折れ線グラフをよく見てください。9月ごろに販売量が急増していますよね? 「なぜ9月にB社が急増しているんだ?」というツッコミが入る可能性があるんです。だから、このようなアペンディックスを用意しておくようにしています。

源田 なるほど。「異常値」の説明は、プレゼンの本筋とは関係ない。それでも用意しておくのは、決裁者のあらゆる疑念を取り払うためなんですね? まさに、決裁者目線ですね。

前田 それを心がけていました。決裁者は少しでも疑念の残る提案にはゴーサインを出してくれません。逆に、こういう疑念にも明確に答えられれば、「相当深く検討したうえで、このプレゼンをやっているんだな」と信頼感と安心感をもっていただけます。これも、採択率を上げる重要なポイントなんです。
 本編資料は5~9枚でつくるのが基本ですが、アペンディックスに数の制限はありません。だから、ここまでやったら安心というラインはないところが難しいですね。上司や先輩などの第三者に本編資料をツッコんでもらって、疑問点をすべてクリアすることをおすすめします。