突然のアポイントに対しても、大分の漁業共同組合の方は快く私を迎えてくれた。本調査の趣旨を伝えたところ、「実を言うと、我々は、『関サバ』というブランドを作ろうと思って作ったわけではないのです。気がついたらブランドになっていました」という興味深い話を語り出した。

「なんとか新規のブランドを作ろう」と考えていた私にとって、この言葉はショック以外の何ものでもなかった。

 彼ら漁業協同組合の方たちは、その昔、佐賀関で捕れたサバは一般流通されているものよりも遙かに旨いと感じていた。しかし、当時、一般流通されている販路に乗せると、末端小売価格はスーパーなどの小売が決めてしまい他のサバと差別化ができない。

 彼らは「もっと佐賀関のサバの良さ」を伝えられる方法はないかと試行錯誤していたそうだ。そこで、彼らは、今で言うSPA (自ら製造し、自分の手で販売する手法)を目指した。他人に売らせてしまうと関サバが持つ価値が顕在化しない。彼らは、自ら消費者に販売し、「関サバは生でも食べられる旨いサバだ」と顧客に直接伝えていった。元々旨いから佐賀関のサバは全国的に有名になった。食通はこぞって関サバの旨さを口コミで広げていった。

 さらに、漁業協同組合の人たちは言う。「私たちは、昔からの漁法を今でもかたくなに守っている。「一本締め」、「活け締め」、「面買い」など、伝統的な佐賀関の漁法や売買方法は効率性から言えば論外。だが、そうしなければ、佐賀関のサバではない」。こうして、彼らが認める掟(おきて)に合致したものだけを正真正銘の「関サバ」として販売しているのだ。

 一見、関サバの「味」とは関係がなさそうに見えるこれらの掟は、今でも頑なに守られており、その掟こそが、他の大量生産されるサバと関サバを決定的に差別化するポイントになっている。佐賀関近辺で獲られたものを似たような名称で販売している業者もあるというが、やはり「本物」には敵わないというのが彼らの見解だ。

 確かに、私が知っている世界的アパレルブランドのオフィスには、様々な掟があった。それは、Do's (すべきこと)より、むしろDon'ts (してはならないこと)の方を厳格に規定していた。

 一方、私が再生支援をしていたアパレル企業では「儲かるから」といって、ブランドライセンス販売を傘や筆箱まで拡大し、それらの多くは家電量販店の激安コーナーでたたき売られていた。こんなことをすればブランド価値は下がり商品価値も低くなる。しかし、現実には「してはならないこと」を守りぬくことはとても難しい。利益を追求する企業であればなおさらだ。

 九州での体験は、「売り方」だけを考えていた私に大きな衝撃を与えた。そして、差別化とは価値(関サバでいえば味)であり、その価値を競合と差別化させる最大のスイッチは、愚直なまでの日々のプロセスを守り抜くこと、そして、そのプロセスを決める掟であるとわかった。

 競合と明確に差別化ができているブランドは、その背景に価値を守り抜く努力がある。模倣品は、側(がわ)を真似するが、背景のオペレーションまで徹底していない。顧客はそれを感じているわけだ。