世界一の長寿命国といわれる日本。だがひょっとすると近い将来、その地位から転落するかもしれない。経済格差が拡大するにつれ、“健康格差”の影が広がりつつあるからだ。

「医療費が支払えず相談に来られる方で、重度の糖尿病を患っているケースがけっこう多いんですよ」

と打ち明けるのは、石川県にある総合病院のソーシャルワーカー、Aさん。糖尿病といえば、“金持ち病”というイメージがあるが、Aさんは「むしろ、貧困を抱える人に多いのでは」と言う。

「独り暮らしのワーキングプアはお金がないと、安いジャンクフードでおなかをふくらませるしかない。そんな生活をずっと続け、体重が増えてしまった人は結構見受けられますよ。その結果、糖尿病や心臓疾患を患う方が少なくないですね」

 米国や英国ですでに健康格差が存在するのは周知の通り。低所得者層は食生活や健康管理に気を配る経済的ゆとりはなく、肥満になりやすいという。同じようなことが、ここ日本でも起こりつつあるのだろうか――。

もはや健康保険証はぜいたく品?

 ワーキングプアが直面しているのは、食生活の劣悪化だけではない。病院に行かず、死の直前まで病魔を放置せざるをえない人々もいる。

 全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)が加盟医療機関を対象に行った調査によれば、経済的な理由から受診が遅れ、死亡に至った事例は2009年の1年間だけで少なくとも47件にのぼっているそうだ。

 40歳の非正規雇用の男性は、病院を訪れた日から、なんとわずか4日後に亡くなっている。原因は肺結核だ。神奈川県にある会社の寮に住み込んで働いていたが、健康保険証は持っていなかった。体調が悪化しても病院に行かずにいたが、そうこうするうち症状が重篤化。受診したときには、完全に呼吸不全に陥っていた。

 引っ越し代で貯金が底をつき、国民健康保険に加入できなかった男性(47歳)は、もとトヨタの期間工だった。リーマンショックで解雇され、寮を出てアパートに越した。そんなとき、以前から抱えていた体の不調が一気に悪化。それでも「お金がないから」と診察をためらい続けていた。ようやく受診すると、尿管ガンと診断される。ガンはすでに骨や脳に移転しており、たった4ヵ月の闘病生活の末に亡くなってしまった。

 パナソニックの本社のある大阪府門真市が工場の海外移転で空洞化。国保滞納率が約70%にまで上り、話題になったのは記憶に新しい。同じような顛末をたどる企業城下町が、今後増えても不思議はないだろう。

 実際、2008年度の国保の納付率は88%。国民皆保険制度が始まって以来最低の割合だ。一部の失業者や非正規雇用の人々にとって、健康保険証は“ぜいたく品”となりつつあるのかもしれない。

日本の医療費は
“パチンコ市場”と同程度

 だが、医療が受けられず健康格差にさらされているのは、無保険の人ばかりではない。