「名目GDP600兆円」は、年3%以上の成長率を継続して、2020年度に達成されるが、現状の経済成長率は年1%をやっと超える程度でしかない。「希望出生率1.8の実現」については、現在の出生率が1.42人であり、晩婚化、生涯独身率、出産年齢の高齢化を考えた場合、これを1.8まで引き上げるのは非現実的と言わざるを得ない。「介護離職者」に至っては、2015年になって急増しているのが現状だ。結局、「新3本の矢」も、これまでのアベノミクス同様、単に国民に「期待」を持たせるだけのものだと断ぜざるを得ないのではないだろうか。

 そして、各省庁が早くも「一億総活躍」の予算獲得に向けて動き始めているようだ。厚生労働省、経済産業省や文部科学省は、省内に一億総活躍社会を推進する政策会議を立ち上げ、既に具体案作りに着手すると同時に、省庁間の主導権争いが始まっている。

 結局、従来の政策を「一億総活躍社会」の看板を掲げて打ち出し直すことで、新たな財源を確保して省益拡大につなげようという、いつもの省庁間の縄張り争いになるのだろう。そして、その予算を狙った族議員やさまざまな業界が予算獲得を目指して跋扈し始める。来年度予算案編成、そしてその先にある来年7月の参院選まで、永田町・霞が関周辺は、また賑やかになりそうだ。

次の選挙で何を国民に問うのか:
「期待」を問う日本と、「成果」を問う英国

 今回、日本の安倍政権と英国のキャメロン政権の、それぞれの総選挙勝利後の経済財政政策を比較してみた。ここで明らかになったことは、政権が、「次の選挙で国民になにを問うのか」の違いではないだろうか。

 日本では、これから行われる政策に対する「期待」を、国民に問うている。繰り返すが、日本では選挙と選挙の間が短いため、国民がそれまでの政権の政策内容を理解し、評価する十分な時間がない。そのため、政権も野党も、まずは財政再建など国民に痛みを強いるが重要な政策を隠して、世論の動向を見ながら小出しにしていく。しかし、すぐに次の選挙が来るので、結局その争点化を避けて、先送りされることになってしまう。その一方で、景気対策のようなわかりやすく、国民の「期待」に訴える政策が並べられていくことになる。

 英国では、選挙は政権の5年間の「成果」を評価するために行われている。政権は選挙が終わると、緊縮財政など国民に痛みを強いる政策を先に、ぜんぶ包み隠さず国民の前に出し、即座に実行に移す。その評価を受ける選挙は5年後なので、短期的に支持率が下がっても気にしない。政権任期の5年の間に成果が出て、必ず国民に理解が広がると信じて、粘り強く政策の意義を説き、政策を推進していくのである。

 日本においても、政治家が正直に、痛みを伴う不人気な政策を国民の前に提示できるようになる必要があるだろう。それには、国民が落ち着いて政策の内容を理解し、その成果を評価するのに十分な時間が確保されなければならない。そのためには、やはり次から次へと国政選挙がやってくる現行制度を、少しでもできるところから改善していかなければならない。先進国最悪の財政赤字は、政治家だけが悪いわけでも、国民だけが悪いわけでもない。制度上の問題を抜本的なところから解決しなければならない。