当時、こんにゃくは農薬を使って栽培するのが当たり前で、周りには無農薬で栽培している人はいなかったが、取引に繋げることができればという思いがあった。

 勝算がないわけではなかった。それまでも父親は有機肥料を中心に栽培していたし、病気に強い品種を育てていたからだ。栽培の可能性を探るなか、土作りはもちろんのこと、具体的には例えば種芋の消毒の代わりに暖房で使う薪で燻煙するという昔ながらの方法をとった。農薬が使われる以前の方法に着目することなどで、問題を一つ一つクリアしていき、翌年には無農薬栽培を成功させた。

 澤浦さんたちの試みは同業者達のあいだで注目を集め、無農薬栽培の技術を公開したことで、他の生産者達にも無農薬栽培は広まっていった。そして、こんにゃく芋の有機栽培をする組合「赤城自然栽培組合」が設立され、この取り組みが2000年から始まった有機JAS法による有機こんにゃく認証に繋がっていく。また、こんにゃく芋の無農薬栽培ができるのなら、他の野菜も無農薬でつくれませんか、という要望に応える形で仲間とともに有機野菜の生産、販売を行う「野菜くらぶ」を設立した。

 グリンリーフはこの「野菜くらぶ」の他、モスフードサービスなどと立ち上げたトマト生産会社の「サングレイス」や、グリンリーフの農場部門の一部を独立させた有機ほうれん草や有機小松菜などを栽培する「四季菜」などの関連会社を持つ年商30億の農業法人グループに成長した。澤浦さんの父が昭和村で畑を持ってから50年以上が過ぎていた。

高くても売れる「こんにゃく」の圧倒的な競争力この経営理念にグリンリーフの強みは集約されている

 前述の本にはこれらの沿革のほかに、農業経営について様々な示唆に富んだ話が書かれている。ここで取り上げたいのは以下の見出しと文章である。

「単価は高くても、強みを持った製品なら必ず売れる」

「農場ではこんにゃくをはじめ漬物なども加工しているが、(主に)有機栽培(や特別栽培)の農産物という圧倒的な競争力がある」(カッコ内補足)

 単価は高くても売れるという話に疑問を持つ現場の方も多いだろう。また、有機栽培の農産物は少しずつ増えているが、それが『圧倒的な競争力』とまで言えるだろうか。しかし、現実としてグリンリーフのこんにゃくや漬物は顧客から支持を集めている。グリンリーフの『強み』とはなんなのか。その疑問を直接、著者に尋ねるために群馬県昭和村を訪れた。

美味しいこんにゃく、味気ないこんにゃく
違いはどこで生まれるか

 群馬県昭和村は戦後の食糧難を解消するために関東軍の演習場があった場所を開拓した村である。『日本で最も美しい村』にも加盟しているその景色をつくっているのは人々の営み、農業だ。車窓からは見渡すかぎりの畑が広がり、山々の白い稜線がくっきりと見えた。

 受付で名乗ると、グリンリーフ(株)の打ち合わせスペースに案内された。日当たりのよい平屋の建物は開拓当時の家をリストアしたものだという。壁際には賞状が並び、建設中だという企業内託児所の模型も置かれていた。