もう一度思い出してほしい。ファイナンス的価値は「将来のキャッシュフローの価値総額」で決まる。この値引き行為は、目先のキャッシュフロー上昇をもたらしたが、将来のキャッシュフロー総額を著しく減らしてしまう可能性が高い。
まず、年間の利益が増えたとしても、これはあくまでその店だけでのこと。世界に名だたる高級ブランドKのお店の1つが値引きをしたとなれば、そのブランドの価値自体が著しく毀損することになる。
一度でも値引きされたブランドを、定価で買おうとする顧客はかなり少ないだろう。場合によっては、値引きしてまで売ろうとすることで、ブランドKを見限る顧客も出てくるかもしれない。
それに、値引きによる将来キャッシュフローの減少は、その店だけには留まらない。1つの店舗で値引きすれば、ほかの店舗でも値引きを迫られることになる。
1店舗の愚行が、世界中のブランドKの店舗の価値を毀損してしまうのだ。
このように目先の利益を実現するために値下げを断行すると、将来的な稼ぐ力が未来永劫大きく損なわれることになる。重視すべきは、単年度での稼ぎではなく、持続的な稼ぐ力なのだ。
しかもたいていの場合、稼ぐ力の毀損はバランスシートには現れない無形資産の領域で起きるため、決算書だけを眺めている経営者は必ず見落とす。
実際、世界の最高級ブランドは安易な値引きはしないし、アウトレットモールなどにも出店しない。それはこのファイナンス的な真理をわきまえているからなのだろう。無形資産の収益力に依存しているビジネスモデルほど、目先のキャッシュインにとらわれてはならないのである。