右から中薗康彦さんと、漁協青壮年部の生産者・浜村修二さん(39歳)、長元つばささん(29歳)、山下泰二さん(31歳)。若い! 元気はつらつ!

「新規就業者が去年は9名。後継者が毎年ずっといますし」と、水産商工課課長の久保良昭さんも語る。

 いま日本全国の漁業の現場では高齢化、後継者不足が深刻になっているなかで、東町漁協の若手率は目を見張るものがある。

 正組合員376名のなかで、40歳までの「青壮年部」に所属する若手は124名。20~30代が多く、平均年齢は約47歳。

 いまや日本各地の漁協では平均年齢が50代後半も当たり前というなか、よもや奇跡としかいいようがない年齢構成だ。

 若すぎる漁協・東町漁協を支えるのは、もちろんのことブリである。

日本一の養殖ブリ漁協へと導いた
奇跡のシステム

東町漁協の市場、加工場、冷凍冷蔵庫などの施設が集中する薄井漁港

 東町漁協では、昭和43年よりブリ養殖漁業を開始したが、「まき網で魚が獲れなくなった」というようなマイナス要因がきっかけではない。

 それまで、管区内で主に行われていたのは、まき網による漁船漁業。集落ごとに、イワシなどの水揚げで栄えていた。

「今でこそ橋がかかりましたが、ここは『長島』という『島』。県内の出水市や、阿久根市に魚を船で運んで販売していました。獲れたブリやタコを生簀に入れて、巻き網でかかった小魚をエサにして、少しでも大きくしてから出そうという『中間蓄養』といった発想からスタートしたようです」

 こう語るのは、東町漁業協同組合 第二事業部部長の中薗康彦さん。

「養殖の原点を最初にやっていたんでしょうね」

 養殖をはじめたのは、まき網漁の親方たち。十数軒の漁家から始まった養殖は、生産者の成功につれて増えていった。広がり方は親戚、家族を通じてというかたち。今でも、ブリ養殖を手掛ける生産者のほとんどは「家族経営」だ。

「おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、息子夫婦と三世代で4、5人という感じがほとんどですね」(中薗さん)

 しかし、家族経営という小規模ながら、東町漁協はブリにかけては恐るべき金字塔を打ち立てている。

「単独漁協日本一」

 年間220万匹、1万2000トンを養殖、出荷。その量は全国の養殖ブリの1割を占めるという、一大ブリ産地なのだ。

「水温は年間平均19度。東は八代海、西は東シナ海に面し、島内には入り江が多いため、潮の流出入がきわめてよく、潮流も最大毎秒3.5メートルと流れも速い。ブリの養殖に適した環境です」(中薗さん)

 しかし、恵まれた環境だけで、ここまで成長するわけはない。