マーケティングが効かない時代の
新戦略「影響力ミックス」
ではマーケターはどう対応すればいいのか?
そこで著者らが提唱するのが「影響力ミックス」というフレームワークだ。二人は、消費者に影響を及ぼす要因をM(Marketers=マーケター)、O(Other=他者の意見やレビュー)、P(Prior=自分自身の過去の体験、嗜好)の3種類に分類している。詳しい内容は本篇に譲るが、簡単に言うと、「影響力ミックス」とは消費者がM、O、Pからそれぞれどの程度の割合で影響を受けるかを指す。
たとえば、家電分野ではOの情報を参考にする人が圧倒的に多いが、ファッション分野はどちらかというとP(自分の好み)の影響を受けやすい。年配者はインターネットの利用率が低いのでOよりもMの影響を受けやすい、など。従来型のマーケティング手法を一様に適用するのではなく、商品を売ろうとしている顧客やカテゴリー別に影響力ミックスを割り出し、マーケティング戦略を調整していくべきだ、というのが著者らの考え方だ。
本書はその具体的な方法論を細かく解説した「ノウハウ本」ではないが、従来のマーケティング手法にこだわって失敗した企業、新時代の考え方をいち早く採り入れて成功した企業の事例が具体的に挙げられているので、読み物としても面白いし、新時代のマーケティングについて考えるきっかけにもなると思う。
するとこんな疑問が浮かぶ。絶対価値を重視する流れは商品やサービスだけでなく、人間そのものにも広がっていくのだろうか?
たとえば、人間の絶対的な“価値”が外見、性格、体力、健康、知能、遺伝子の優劣、コミュニケーション能力、ユーモアのセンス、年収、貯蓄、家族歴、交際歴、犯罪歴、失敗歴、クレジット履歴などで点数化され、クリック1つで確かめられる時代が来たら?とてもじゃないが、私には及第点を取れる自信がない。欧州で盛んに議論されている「忘れられる権利」などのように、人間に関していえば、すべての真実が真実として明かされることに抵抗する人々がいるのもまた事実だろう。
しかし、商品やサービスとなれば話は別。著者の2人も指摘しているとおり、多くの消費者には、少しでもよい商品やサービスを求める欲求がある。商品の価値は買うまでわからないほうが楽しい、という消費者なんておそらく少数派だろう。そういう人間の飽くなき欲求があるかぎり、絶対価値へと向かう流れはこれからも加速していく可能性が高い。
今後、現代世界で日々蓄積しているビッグデータを活用すれば、たとえば不動産価格、大学の質、自治体の住みやすさなど、現時点では直感やマーケターの主張に頼って判断している商品やサービスの絶対価値も手軽に評価できるようになるかもしれない。そうすれば、ますますウソはバレやすく、消費者は騙されにくくなる。本書はそういう未来を先取りした良書ではないかと思う。
あと数年もすれば、本書の内容が平凡にすら感じられる世界になっているかもしれない。