「冒険的企業」は、必然的に「官僚的組織」へと変質する

 また、企業にはライフ・サイクルがあります。

 ほとんどの企業は、ベンチャーとして出発します。だから、創業メンバーは「新しいもの」への冒険心をもつ人が多数を占めます。しかし、成功をおさめると、少しずつ変質していかざるをえなくなります。

 成功した事業を維持・拡大していくためには、多くの人材を採用する必要があるからです。そこで、いろいろな人が入ってきても統制がとれるように体制を変化させていきます。つまり、業務の「仕組み化」が始まるのです。そして、この脱皮に成功した会社だけが、成長軌道に乗ることができるわけです。

 しかし、ここにジレンマが生じます。
 というのは、徐々に、新しいものを「創造」することよりも、「仕組み」を管理することに長けた人材が大勢を占め始めるからです。創業メンバーが残っている間は、ベンチャー精神は維持されるでしょうが、彼らが去ったあとは、秩序を・憲法・とする「管理派」が保守本流化。ゼロイチをやったことのない人が実権を握るようになってしまうのです。

 こうして、冒険心あふれるベンチャーだった企業は、官僚的な組織へと変質を遂げます。これは「よし悪し」の問題ではありません。合理的に企業を経営すれば、このようなライフ・サイクルをたどる必然性があると考えるべきでしょう。だからこそ、このライフ・サイクルを理解したうえで、社内でのスタンスを選び取っていく必要があると思うのです。 

 まず前提として認識すべきなのは、官僚組織化した会社において、ゼロイチは「未来を担う屋台骨」などではなく、いわば「例外処理」に分類されるということです。会社では品質管理を徹底するために、「業務フローの遵守」「役割分担の明確化」「業務の効率化」などが徹底されているはずですが、ゼロイチには、それらのルールにそぐわない側面があります。

 たとえば、何か「新しいこと」をやろうとすれば、他部署の仕事にも影響を与えます。他部署の立場に立てば、それは標準化された業務フローから外れた、追加の「例外処理」にほかなりません。通常業務だけでも忙しいうえに、仕事が増えることは敬遠されて当然。しかも、標準化された業務フローを守っていれば安全ですが、やったことのない「例外処理」には未知のリスクが伴いますから、容易に認めないのは当然なのです。

 ゼロイチの過程では、このような局面が次々と現れます。その一つひとつを突破していくのは骨の折れることです。「理不尽だ」と感じるときもありますが、それを言っても始まらない。そのような状況に置かれていることを前提に、こちらが仕事の進め方を工夫していくしかないのです。