なお、路上生活時代、猫とともに抱えていた母親の遺骨は、その後貯金し、無事に納骨できたということだ。

職業経験を活かして相談・支援業務に
現在の目標は「社会福祉士資格の取得」

 高野さんは、生活保護で暮らし始めた2009年12月から、支援団体で相談員の仕事に就いている。最初はパートタイムだった。理由の1つは、リーマンショックの余波や東日本大震災の影響で、支援団体が支払う給料の「財源」が不足していたことにある。その時期の高野さんは、生活保護「も」利用しながら就労していた。しかし2012年7月からは、週6日のフルタイム就労。月々の収入は生活保護基準よりはるかに高くなった。もちろんそのとき以後、生活保護は利用していない。

「希望していた『定年のない仕事』に就くことが、現実になりました。私は、対人関係に抵抗ありませんし」(高野さん)

 流通大手に長年勤務していた高野さんの仕事には、接客や営業なども含まれていた。その意味では、経験が活かされている。しかし、生活困窮状態に陥る人々の相談に乗り支援をすることは、まったく「きれいごと」ではない。

「でも、前職の流通で、お客様の苦情対応係をしていた経験もありますから。色々、言ったりされたりすることはありますけれど、自分の心の中に『それはそれ』にできる部分があるので、今も続けられているんだと思います」(高野さん)

 長年の希望だった「定年のない仕事」を続け、発展させていくために、高野さんは今、資格取得へとチャレンジしている。

「周囲の社会福祉士さんたちに、勉強させてもらっていて、自分も『社会福祉士になろう』と思うようになりました。今、専門学校に行くための資金を貯金しています。もともと勉強は嫌いではなかったんですけど、早く仕事して稼ぎたくて、高卒で就職しました。大学に行っていないわけですから、社会福祉士になるには、専門学校に行くのが最短なんです」(高野さん)

 とはいえ、相談や支援は、決してラクな仕事ではない。相手が人間、生き物である以上、「定められた時間だけ」を徹底できるわけでもない。

「寝不足が続く時期もあります。正直、61歳の自分には、かなりキツいです。でも自分が、やっぱり、何かしてないと、動いてないと落ち着かないんです」(高野さん)