会見では囲碁になぞらえ「常に7手先まで読みながら石を打っている」と語った孫社長。果たしてARM買収は妙手となるか Photo:REUTERS/アフロ

「これから20年以内に1兆個のチップを地球上にばらまくことになる」。7月21日に行われたSoftBank World 2016の基調講演で壇上に立ったソフトバンクグループの孫正義社長がそう述べると、会場は興奮と歓喜の渦に包まれた。来るテクノロジーのパラダイムシフト、IoT(モノのインターネット)の可能性が孫社長の口から雄弁に語られたからだ。

 イベントに先立つこと3日、18日にソフトバンクは半導体設計大手の英ARMホールディングスを100%子会社化することで合意したと発表した。買収総額の240億ポンド(約3.3兆円)は、日本企業による企業買収として過去最高。買収に掛かる費用には、中国電子商取引大手のアリババや、フィンランドのスマートフォン向けゲーム会社のスーパーセル、ガンホー・オンラインなどの株式売却で得た約2.3兆円の手元資金に加え、みずほ銀行からのつなぎ融資1兆円が充てられる。

 孫社長にとってARMは「10年以上前から欲しかった会社」。一体何が、孫社長をそこまで引きつけたのか。

財務悪化を懸念する声も

 ARMの2015年度の売上高は9億6830万ポンド(約1336億円)と、決して大きくない。それにもかかわらずソフトバンクが約3.3兆円もの巨額資金を投じるのは、同社が半導体の心臓部を握る企業だからだ。

 ARMはCPU(中央演算処理装置)の設計に特化し、その設計図を半導体メーカーに提供することによるライセンス料と、半導体の売り上げから受け取るロイヤルティー収入によって稼ぐ、IP(知的財産)を武器にする企業だ。その性能とカスタマイズ性の高さから、同社設計のCPUは「半導体のデファクトスタンダード」と呼ばれている。事実、スマホにおけるARMのシェアは95%に上り、それ以外にも自動車や白物家電、ウエアラブルデバイスなどあらゆる製品において同社の設計によるCPUが用いられている。

 半導体の心臓部を押さえることでIoTの市場をけん引するのが今回の買収の狙いだが、ライバルも手をこまねいてはいない。米インテルもIoT時代を見越して低消費電力のCPUを開発しており、今後競争は激化しそうだ。

 一方、巨額買収によって膨らむ負債を懸念する声も多い。ソフトバンクは、16年3月末時点で自己資本の4.5倍に相当する12兆円弱の負債を抱えている。同じく巨額を投じて買収した米スプリントは、16年4~6月期決算で3億0200万ドル(約317億円)の赤字を計上しており、再建は道半ばだ。ARMはスプリントとは違って高収益企業だが、3.3兆円もの投資を回収するまでにはかなりの時間を要するだろう。孫社長の賭けは、果たして吉と出るか凶と出るか。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 北濱信哉)