グローバル競争の中で徐々に存在感をなくす日本。これから、どう戦っていけばいいのだろうか。旧日本軍が当初善戦しながらも、その後一気に瓦解したように、いまも変わらず、日本人は戦い方が切り替わるのを見抜くのが苦手だ。時代が大きく変わるいまこそ、改めて旧日本軍の組織的失敗から学びたい。14万部のベストセラーとなった『「超」入門 失敗の本質』の著者が、日本的組織のジレンマを読み解く(前編)。特別寄稿。

71年前、一面の焼け野原となった敗戦国の日本

 日差しが強くなり、うだるような暑さを体験する季節に、日本と日本人が必ず振り返ることがあります。それは71年前に太平洋戦争が終わった日、終戦記念日です。

 この戦争で、一般市民を合わせると日本人で亡くなった方は300万人を超えると言われています。

 敗戦の半年前、1945年3月10日には、焼夷弾による東京大空襲にB29爆撃機が300機以上来襲、その日だけで約10万人の都民が亡くなりました(東京への空襲はその後も数度行なわれた)。大空襲後の光景として残された写真には、真っ黒な炭と化した一面焼け野原の悲惨な東京の姿が残されています。

「多くの浮浪児たちが上野駅にたどりついて初めて目にした光景―それは、東京の下町が丸ごと焼夷弾で焼き尽くされ、炭化した死体が東京湾まで累々とつらなる姿だった」(書籍『浮浪児1945』より)

 1945年6月には、沖縄の日本軍がほぼ壊滅。8月6日には広島、8月9日には長崎に原爆が投下され、2都市で40万人以上の方が犠牲となりました。

 71年前の敗戦から現在まで、戦争の悲惨さや愚かさを語り継ぐ人、それを書き残した書籍その他の膨大な資料が残されています。これは悲惨な戦争を二度と繰り返さないためにと、多くの人たちがその願いを込めた結果ではないでしょうか。

ビジネスの組織論として、
今も読み継がれる『失敗の本質』

 日本軍の敗因を、ビジネス組織論として分析した書籍に『失敗の本質』があります(野中郁次郎氏を含む6名の学者が共同執筆された名著)。

 初版は1984年ですが、以降32年間、累計で55万部を超える驚異的なロングセラーです。日本軍が実施した6つの作戦を分析し、戦略と組織の「失敗の本質」を鋭くえぐり出していることが、読み継がれている理由なのでしょう。

【戦略上の失敗要因分析】※『失敗の本質』第2章より
(1)あいまいな戦略目的
(2)短期決戦の戦略志向
(3)主観的で「帰納的」な戦略策定―空気の支配
(4)狭くて進化のない戦略オプション
(5)アンバランスな戦闘技術体系

【組織上の失敗要因分析】
(1)人的ネットワーク偏重の組織構造
(2)属人的な組織の統合
(3)学習を軽視した組織
(4)プロセスや動機を重視した評価

 あいまいな戦略目的とは「なにを達成すれば勝てるのか?」がわかっていないことを意味します。1942年6月にハワイ北東の海域でおこなわれたミッドウェー海戦では、日本海軍が「ミッドウェー島と敵空母の両方を目的にした」ことに対して、米軍側の指揮官ニミッツが「空母以外に手を出すな」と言明して劇的な勝利を収めました。

 日本軍は、効果的な戦略目標を確定できず、組織としては人のつながりに過度に依存していました。ある派閥が要職を占めてしまうと、合理的な判断よりも、人間関係を重視した決断をして、現実を直視することなく、ずるずると敗北を続けたのです。

もはや「そういった問題ではない」ことに気づけたならば…

 筆者は、名著『失敗の本質』の入門書となる『「超」入門 失敗の本質』を2012年4月に世に出しましたが、その中で「戦略とは追いかける指標である」と定義しました。これは、『失敗の本質』を十数回も読む中で、描かれている現象を説明するために必要だと思われたからです。

 自動車レースであるチームが、車体を軽量化することで勝利を狙うなら「軽量化戦略」、馬力をアップさせることで勝利を狙うなら「高馬力戦略」ということができます。

 なぜ、このような定義が必要と判断したかの理由は、『失敗の本質』を読む中で、日本軍と米軍の優位は、ある瞬間には入れ替わっていると感じたからです。

 次の文は、日本海軍が4隻の空母を失って壊滅した、ミッドウェー海戦で参謀長だった草鹿龍之介が戦後に書いた手記の一節になります。彼は艦隊の旗艦である、赤城の艦橋から、ミッドウェーの戦闘を見ていました。

「旗艦赤城は常に雷爆撃の目標になる。対空砲火、機銃射撃の轟音、爆音で、耳には栓をつめているのであるが、鼓膜が破れそうである。「右前方雷跡」と見張り員が叫ぶ「面舵」と艦長が号令する。魚雷は艦側すれすれに通過する。「戻せ!」「敵飛行機爆弾投下」と見張員がいう、「取り舵一杯」と艦長がこれをかわす、艦橋は此の如き状況の連続である」

「わが戦闘機は、前述の如く、三面六臂見つければ必ず叩き落さなければ已まぬと、阿修羅のごとく荒れ回る。米側は護衛戦闘機のないため、その被害も惨澹たるものであった」(書籍『目撃者が語る昭和史』より、当時ミッドウェー攻略機動艦隊参謀長、草鹿龍之介の手記から)

 それ以前の海戦であれば、熟練の日本人パイロットと零戦の空戦性能で敵の攻撃をはねのけ、その間に爆撃機や雷撃機が、敵の艦船を撃沈するところです。しかし実際に負けたのは日本艦隊でした。米軍は暗号解読で日本の作戦を完全に事前に知っており、米空母は日本艦隊の位置を、日本側より先に捉えて爆撃機を発進させていたからです。

 戦闘機の性能とパイロットの技量という古い指標が意味をなさなくなり、「敵の位置を先に捉える」新たな指標が誕生した瞬間でした。その後、米軍は高性能なレーダーで日本軍の位置を事前に正確に捉えていき、名戦闘機と言われた零戦はなすすべもなくつぎつぎに撃ち落され、日本海軍の艦船は急速に撃沈されていきます。

 古い指標は新たな有効性を持った指標の出現でその優位を失い、敗れ去っていく側になるのです。ビジネスで言えば「もはやその要素は勝利のポイントではなくなった」という状態でしょうか。

 優れた液晶技術を持っていた日本のシャープは、台湾の鴻海に2016年の春に買収されています。モノ作りの中で、単なる技術優位だけではなく、参入障壁の高いビジネスモデルを打ち立てることができるかが、企業の栄枯盛衰を分ける指標となる、新たな時代が到来しているのです。