最後に、開戦は避けられなかったとしても早期決着できなかったのは「民主主義の限界と仕組みの欠陥」がある。よく、大衆が戦争継続に傾いたという人がいるが、直前の選挙においても多くの有権者は戦争反対派が多数を占めていたし、特に対米開戦に対しては昭和天皇も否定的であった。にもかかわらず、戦争の早期決着を実現できず、ダラダラと長期化させてしまった理由は、軍部現役武官制度による軍に対するシビリアン・コントロールのなさである。

 そして、有権者に選ばれた議員たちも、貴族院の議員達も、誰一人戦争への抑止にはなれなかった。大正デモクラシーの結果として、政治家は大衆に選ばれるようになったが、果たしてその大仰な理想がどれだけ機能するかと言えば、極めて頼りない。

 こうして冷静に戦争を振り返ってみれば、今、我々が再考すべきポイントも見えてくるはずだ。

過渡期を迎える日米関係
読めないオバマ政権後のパワーバランス

 1945年8月15日正午、昭和天皇がラジオを通じて全国民に敗戦を伝えた。日本は、米国、英国、中華民国らが無条件降伏を求めたポツダム宣言を受諾。第二次世界大戦が終わった。

 あれから71年。広島と長崎に二つの原子力爆弾を投下した米国のリーダーがようやく広島を訪れた。5月27日、オバマ大統領は広島平和記念公園を訪問し、持論である「核兵器のない世界」も含めた演説を行った。個人的には謝罪の言葉も含めてほしかった。例え、どんな理由があったとしても、原爆投下は大量殺戮である。既に勝負は決まっていたのであって、原爆が終戦を早めたというのは詭弁だと思う。

 そんな米国にも大きな変化が訪れようとしている。今年の秋に予定されている大統領選挙だ。新しい大統領の方針によっては、日米関係は見直しを迫られる可能性もある。

 将来的に、日本がもし米国の軍事力への依存度を下げるという決断をするならば、日本にとっては自衛隊のあり方とともに「核を持つかどうか」という論点は極めて深刻なものになるだろう。8月頭に発表された新閣僚人事で防衛大臣に就任した稲田朋美衆議院議員は、日本の核兵器保有について「憲法9条で禁止されているわけではない」と従来の政府見解に沿って説明した上で、「現時点で核保有はあり得ない」と発言した。すなわち、今現在は核保有はあり得ないけれども、日米関係が転換された将来、議論する余地を残したとも言える。

 そもそも「武力」だけが抑止力になるかのような思想はもはや古いと思う。70年間何の実戦経験もない自衛隊の軍事力をなぜそこまで信頼できるのか、疑問である。「防衛費をかけているから強い」というのは、「塾代をたくさん払っているから勉強ができる」という理屈と同じである。