『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』に推薦の言葉をいただいた、元ボストン・コンサルティング・グループ日本代表であり、現在早稲田大学ビジネススクールで教鞭をとる内田和成教授と、著者の西内啓さんの対談が実現しました。最初の話題は、コンサルティングの現場やビジネススクールで統計学はどのように扱われているのか、です。(構成:崎谷実穂 撮影:梅沢香織)

グラフの正確性よりも大切なこと

西内 推薦だけでなく対談も受けていただき、ありがとうございます。長年コンサルタントとして活躍され、現在はビジネススクールの教授である内田先生には、以前から色々とお話をお伺いしたいと考えていました。本日はまず、コンサルティングファームで統計学はどのように使われてきたのか、改めて教えていただけますでしょうか。

内田 まず、コンサルティングファームにもいろいろ種類があるので、私の古巣のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に限った話をしますね。BCGは戦略コンサルティングであり、ドメインを「CEOアジェンダ」つまり、経営トップの重要課題を解決するということに集中しています。そして僕が考える経営者の唯一にして最大の仕事というのは、「意思決定」なんです。戦略立案やその実行は他の人に任せてもよい。でも、やるかやらないか、続けるかやめるか、維持するか変えるかといったことは、経営者にしか決められません。そして、意思決定をサポートするために使う統計というのは、研究で扱われるものとは違うんですよね。

西内 どう違うのでしょうか。

内田 それを説明するために、僕が衝撃を受けたいくつかの経験をお話しましょう。もともと僕の大学の専攻は電子工学でした。オペレーションズ・リサーチ(OR)という、問題をモデル化し数学的に最適解を得るという手法の研究をしていたんです。慶應ビジネススクールでももちろんロジカルシンキングをしっかり勉強しました。だから、BCGに入社してわりとすぐに、先輩に「おい内田、分析結果で小数点1桁まで出す必要はないんだぞ」と言われたときは「えっ!」と思いました。

西内 それは、ギャップを感じそうですね。

内田 西内さんは世代的にご存じないかもしれないけれど、昔は今のように一人に一台PCが普及していなかったので、方眼紙に鉛筆で点を打って、相関係数を導き出すための散布図を作成していたんですよ。点を打つときに僕は、たとえばxが67なら67ミリ、yが83なら83ミリとちゃんと測ってその交点に点を打つようにしていました。正確性を期すなら当たり前ですよね。でも、先輩が散布図を作成しているところを見ると、僕の10倍くらいの速さでぽんぽん点を打っていく。明らかに2〜3ミリずれてるんです(笑)。僕がぽかんとしていたら、「内田、点の位置がずれてたって、相関があるかどうかがわかればいいだろ?」と。

西内 なるほど(笑)。

内田 相関があるかないか、あるとしたらどういう傾向か、傾きはどれくらいかがわかればいい、そこを間違えなければいいんだと。有効桁数の話もそうですよね。67%なのか70%なのかを正確に出されるよりも、経営者としては成功確率が4割なのか6割なのかを知りたい。直感的にわかるほうが、経営者にとっては重要なんです。数学、統計学と経営は何が違うのか、ということを学びました。

西内 たしかにそうですね。

内田 あともう1つ、先輩から教わって目から鱗が落ちたことがあります。コンサルタントの仕事は、黒か白かわからない事象については、調査や分析をしてそれをはっきりさせる。でも、経営者が黒だと言っていて、コンサルタントも黒だと考えていることについては、世間が白だと言っていても「黒だ」と証明する必要はない、ということ。

西内 つまり、世間一般で何が正しいとされているかは関係ないんですね。

内田 そうです。我々の仕事はあくまで、経営者の意思決定を助けること。世間の意見を反証しようとするのは、時間とお金の無駄にしかならない。そう言うと、多くの人が「経営者の判断が間違っていたらどうするの?」と思うでしょう。でも、大抵の場合はそれはやってみないとわからない。決断し、その決断が正しくても間違っていても、責任を取るのが経営者なんです。
 

コンサルティングと経営の現場で<br />統計はどのように使われているのか?<br />内田和成(うちだ・かずなり)早稲田大学商学学術院教授。東京大学工学部卒業。慶應ビジネススクール修了 (MBA)。日本航空、ボストン コンサルティング グループ (BCG) を経て、現在に至る。2000年6月から 2004年12月まで BCG 日本代表を務める。ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心にマーケティング戦略、新規事業戦略、中長期戦略、グローバル戦略の策定、実行支援を数多く経験。2006年度には世界の有力コンサルタント、トップ25人に選出。 2006年4月より現職。近刊『BCG経営コンセプト―市場創造編』、ベストセラー『仮説思考』など著書多数。

都合のいい代弁者になってはいけない

西内 黒か白かの問題で、マネージャークラスの方々から、「黒か白かわからないんだけど、社長に『黒』という意見を通したいから、そのためにデータをいじってこういう分析結果を出せないか」と依頼されたとします。そういうケースについてはどう思いますか。

内田 それは……組織として腐ってるんじゃないでしょうか。

西内 そうですよね(笑)。

内田 白か黒かわからないというときは、はっきりさせることが必要ですよ。それを避けてしまうような組織は長続きしないでしょう。また、経営者におもねるような意見しか出てこない会社は、経営者の器以上に伸びない。コンサルタントがそういう会社に当たったら、組織を変えていくか、取引をやめるか、どちらかじゃないでしょうか。

西内 私もそういう依頼を受けることがあるんですが、毎回丁重にお断りするようにしています。もともと、私の出身の研究室は、薬の薬効評価をするための統計学者を育てるところだったんです。そこでは当然、データに嘘をついてはいけない、プロフェッショナルとしてやってはいけないとされることを教えられます。そういうことが、いくつか倫理基準として学会でも決められている。だから、職業柄そういうことはできないとお伝えします。ただ、その会社に今まで納品されてきたレポートを見ると、明らかに恣意的にデータをいじった形跡があったりするんですよね……。

内田 コンサルティング業界では「代弁者」という表現があるんですね。社内の人が言えないことを、代弁する役目という意味です。ただ、BCGは都合がいい「代弁者」になることを、すごく嫌う会社でした。先輩から、社長の思うことと違うことを言って灰皿を投げつけられたという話を聞いたことがありますし、僕もプレゼン中に、社長から「そんなことを言われるためにお宅を雇ったんじゃない!」と怒鳴られたことがあります(笑)。一方で、事業部や経営企画の人に推進したいことがあり、社内を説得するためにコンサルタントの力を借りる、というケースがある。これはいいんです。彼らがやろうとしていることが、僕らから見ても理にかなっているなら、それをそのまま社長に伝えればいい。

西内 データを捻じ曲げるのではなく、分析的にもその人達がやろうとしていることが正しいのであれば、問題はないですからね。

内田 基本的には自分たちの信じるところに従ってやる、というのがBCGのカルチャーでした。そうでないと、長期的に見てサステナブルではない、と僕は思いますね。
 

コンサルティングと経営の現場で<br />統計はどのように使われているのか?<br />西内 啓(にしうち・ひろむ) 東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、 2014年11月より株式会社データビークルを創業。 自身のノウハウを活かしたデータ分析支援ツール「Data Diver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。 著書に『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。

企業間のデータを共有できないもどかしさ

西内 次に、内田先生が現在教鞭をとっているビジネススクールでは、統計分析はどういう扱いなのでしょうか。

内田 早稲田大学ビジネススクールでは、企業分析が必修科目で、そこではデータ分析や統計処理をさせます。ビジネススクールとしては、データ分析はコアスキルの1つだと認識しているんです。でも、それが仕事で十分に活かされているかは少し疑問ですね。残念ながら今の日本企業の経営幹部である40代後半から50代の人達は、統計分析にあまりなじみがなく、経験、勘、度胸でやってきた人が多い。だから、若い人が「それは統計的に有意で……」とか言っても、「お前は何を言ってるんだ」と拒絶してしまう。そこは、エグゼクティブプログラムなどで解決しないといけないところかなと思っています。

西内 そういった「人の壁」は私もしばしば感じています。私が現場の方と苦労してデータをまとめて分析しても、最後に1人の役員の「仕事は数字じゃないんだよ!」という声で仕事がストップしてしまう。なら、なんで私を呼んだのかと(笑)。

内田 データを重視する経営層にも、まだまだ注文はあります。僕自身、リスクマネジメントには統計がものすごく使えると思っています。そのことについてはもっと、経営者に認識が広まってほしい。今は、M&Aから異物混入などのトラブルまで、すべて企業の個別対応なんですよ。でも、それらの案件は企業間をまたいで大きな経営課題になっている。上場企業が3000ほどあって、1社ごとに何らかの失敗・トラブルが1年に1件あるとしたら、年間3000件、10年で3万件のデータが集まります。セグメントに分けても、相当おもしろい統計処理ができますよ。でも、みんなマイナスの案件のデータは出したがらないから、集まらないんですよね……(笑)。

西内 医療の業界では、薬の有害事象や原因のわからない異状死があった場合には必ずそれを共有すべきという考え方があり、データベースなどの仕組みも色々と整備されています。それを見ると、この辺の時期にこの死因が増えている、など一応トレースすることができる。ですから、失敗事例のありがたみはよくわかります。企業も、公開まではしなくていいから、私たちのために不祥事やトラブルについてデータをとっておいてくれるといいですよね。

内田 新規事業についても、データを集めたらすごく有益だと思います。1つの会社だとそんなに何件もないから、統計処理をして傾向を出すのは難しい。でも世の中の会社全体を見れば、ものすごい数の新規事業の失敗・成功例があるわけです。

西内 わかります。いろいろな会社に出向いて内部の話を聞いていると、いくつかの会社で同じような挑戦をしようとしていることがあるんですよ。そして、先にやったほうが失敗していたりする。守秘義務があるので伝えられませんが、もどかしいです。

内田 そうしたデータも、うまく処理できるようになれば企業間で共有できるかもしれない。将来的に実現したらいいですね。

次回へ続く)