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社会価値、環境価値、
経済価値のトライアド

――最新の中期経営計画では、「社会価値」「環境価値」「経済価値」の3つが等しく重要であると述べられています。

 前の2018年中計では、営業利益をちゃんと稼いで、キャッシュを生み出さなければ、次の開発投資も社会貢献もできないので、経済価値を強調しました。そのかいあってV字回復を果たし、営業利益率8・0%を達成できました。

 ようやく経営基盤が安定してきて、社員には、自分は売上げや利益のためだけに働いているのではない、社会の役に立つ事業に従事しているという実感を持って仕事に取り組んでほしい、という思いが強くなりました。

 たとえば、日立の技術によって、清潔で安全な水が7000万人に供給されています。年間のべ185億人のために鉄道サービスを提供しています。あるいは、がん治療システムの提供を通じて、治療実績は6万人から8万人になろうとしています。

 経済価値、たとえば数値目標だけに縛られているのではなく、いま挙げたような、世のため人のために貢献しているという手応え、仕事へのやりがいを実感することで、モチベーションが高まり、それは事業を主体的に推進する力になっていきます。

 私は40歳くらいの時、JR中央本線の各駅にコンピュータシステムを設置する仕事に携わっていました。思うようにいかないこともありましたし、システムを急遽変更しなければならない事態になって夜が遅くなったり、土日に出勤したりすることもありました。ですが、「大変な仕事だけど、沿線の人たちのためにやらなければならないんだ」と説明すると、家族はわかってくれました。周囲に理解してもらえることで、やりがいや使命感がますます湧いてきたのを記憶しています。

 実際、社会価値や環境価値に貢献しているという気持ちは、組織や国を超えて、さまざまな文化や考え方の人たちと共有できるものであり、一体感を醸成するものです。こういう志や価値観を共有している人たちと一緒に働くことは、まさしくハッピーなことではないでしょうか。

 ですから、現場の人たちだけではなく、バックヤード部門の人たち、経理や人事といった本社部門の人たち、誰もが社会に貢献するための事業の一端を担っているという意識を持ってほしい。

――2018年の日立ソーシャル・イノベーション・フォーラムで、日立創業メンバーの一人、馬場粂夫翁の「己を空(むな)しうして、唯(ただ)孚誠(ふせい)を盡(つ)くす」(私心を捨て去り、誠実を尽くす)という言葉を引いて「共感」や「利他」の必要を唱えています。

 世界に目をやると、米中貿易摩擦やBrexitに代表される保護主義が台頭し、先進国の足並みはかつてのように揃ってはいません。VUCAという言葉がありますが、文字通り、不安定で、不確実で複雑化しています。このような状況では、何を信じればよいのか、何を拠り所にすればよいのか、誰もが戸惑います。そういう時こそ原点に立ち返る。

 関東大震災が起こった時、小平浪平は「受注は断って復旧工事に集中しろ」と号令をかけました。まさしく日立の原点には、共感、利他、人々や社会の幸福という考え方があったのです。

 そして、世界中の人々のQOLを高めることが課題である一方、誰もが自分の幸福を追い求めています。人間はそもそも我がままで、どうしてもエゴとエゴがぶつかり合い、摩擦が生じます。だからこそ、一歩引いて、自分の利害と相手の利害を考慮し、双方がウイン・ウインになるように考える。

 実は、情報や利益というものは共有しても減らないもので、分かち合うことでめぐりめぐって返ってくる。「情けは人のためならず」です。その場のメリット・デメリットだけを考えてしまうと、ゼロサムになってしまいますが、将来のことを考えて心を開けば、いつか必ず報われる。

 オープンイノベーションも同じです。組織の壁を超えて、いろいろな人たちとつながり、新しい価値を協創していくには、相手に共感したり、利他の気持ちを持ったりできれば、きっとうまくいくはずです。