大人の目線が子どもを育てる

――受験間際の塾生の学力をどのように伸ばしたのですか。

[聞き手] 森上展安(もりがみ・のぶやす) 森上教育研究所代表。1953年岡山生まれ。早稲田大学法学部卒。学習塾「ぶQ」の塾長を経て、88年森上教育研究所を設立。40年にわたり中学受験を見つめてきた第一人者。父母向けセミナー「わが子が伸びる親の『技』研究会」を主宰している。

布村 こういう生徒を見ていると、まずペースが遅い。知識をストレートに身に付けられない。でも、まじめにやっている。ハードな宿題と自習を課しながら、2カ月間きちんと見ていきましたら、模試の成績が40点台まで伸びました。

 普通のお子さんでもこういう状態です。現場で教えてきた身からすると、ここまで放っておかれたことが腹立たしい。小学校では5~6年前から宿題もなくなってきているようです。

――教員の働き方改革の影響でしょうか。

布村 この塾の通学圏には二つの中学校がありますが、かなり対照的です。 学年末は、3月上旬に期末テストを行い、提出物と合わせて評価し、保護者懇談も行って終業式を迎えます。ところが、このうち一つの中学校では、試験を2月下旬に行うというのです。なぜ早くするかといえば、教員の成績付けが楽になるからだと思います。10日間ほどの差ですが、この姿勢の違いは大きいと思います。

――高校受験生以外では、他にどのような塾生が来ていますか。

布村 IQが180近い小学生も通ってきています。小1で英検5級を取り、4月から小2になりましたが、算数は5~6年生の教材を使って勉強しています。ただ、これはこれでやりにくい面もあります。判断は速いのですが、知識の積み重ねという基礎ではまだ欠落している部分が多いですから。

――こういう優秀なお子さんにはどのように対応を?

布村 IQの高い子はわがままでもあるのですが、その子がやりたいことを全部自由にやらせることです。指導しすぎるとIQは落ちてしまいます。型にはめるとダメです。

 一方で、知識は継続的に身に付けさせないといけないので、どこまで我慢してやらせるか、毎回課題を作成しています。この子の場合は、お母さんが出勤を調整して、口は出さずに付き添い、子どもの反応を見ています。あるいは祖母が付き添っていますね。

――親が子どもの勉強する姿を見る機会は大切です。

布村 まだお母さんに甘えたい年頃ですが、距離感の取り方が上手です。だからIQも高くなったのだと思います。小学生を教えるには、主婦の先生が適しています。子どもの反応をよく見ていますから。子どもは、解答を間違えたらお母さんのせいにしたりします(笑)。口は達者です。

――大人の目があると子どもの反応は変わりますからね。昔は専業主婦も多かったこともあり、ご家庭で漢字は覚えてくるし、計算もしっかりしてくる。それを前提に昔は塾での授業を行っていました。

布村 共働き家庭が増えたこともあり、そこまで面倒を見切れない。公立の小中学校の指導力にも限界があります。「家では勉強しない、放っておくのは不安だ。ここの塾に来ていれば安心だ」という保護者のお子さんが数人、私の塾にも来ています。そういう需要が思っていた以上に多いなと感じています。

――学童代わりに塾に行かせておくのを、僕は「居る塾」と呼んでいます(笑)。

布村 居るための塾という、まさにそういう感じですね。私は子どもの教育について、学校を幹、家庭を根、塾を枝葉にたとえています。幹と根がだんだん弱ってきていて、いまでは塾が学校の役割の一部を担うようにもなってきています。

――“幹”の部分がけっこう空洞化しているという感じですか。

布村 そうです。「嫌だけど、勉強は大切」という考え方が、ついこの間まであったと思います。だから宿題もやっていましたし、そのベースがあって塾も対応していました。

――学校が、同世代の子たちがいるだけのコミュニケーションの場になっている。

布村 学校が「勉強は大切だ」と教えていない。学力も付けていない。子どもに学力を付けることが人生を豊かにするという認識が学校の現場で薄れてきているのではないでしょうか。勉強をしなければいけない、勉強は大切だと思っていない子に、勉強をさせるのはものすごく大変なことです。