加藤順子
第10回
東日本大震災の津波で約800人が犠牲となった名取市閖上地区の検証委員会第3回会合が年末に開かれた。委員からの報告では災害対策本部の検証について、市が長年に計画の改定を怠っていたなかで発災当日を迎えたと指摘し、厳しい評価が並んだ。

第31回
大川小学校事故検証委員会が大詰めを迎えているが、9ヵ月間の検証を見る限り、遺族たちが繰り返し指摘してきた疑問はほとんどクリアされていない。7日に行われた遺族向け報告会では、唯一の生存教諭の証言の扱いに、遺族から懸念の声が相次いだ。

第30回
東日本大震災の大津波で、児童・教職員84人が死亡・行方不明となった大川小学校の検証が始まって9ヵ月。11月30日の第7回会合で、初めて当日の校庭での約50分間の状況についての議論が行われ、検証委と遺族との初の「意見交換」が持たれた。

第29回
石巻市立大川小学校の第三者による事故検証の開始から9ヵ月近くが過ぎた。だが、検証を見守る遺族たちからの信頼は、すでに失墜している。11月3日には、第6回会合内で有識者ヒアリングが行われたが、遺族の怒りは一層加速した。

第379回
16日、台風26号に伴い発生した集中豪雨で、伊豆大島の都が指定する土砂災害危険箇所内で大規模な土石流が発生した。死者・行方不明者が50人超に達するまでの甚大な被害をもたらした、その根本的な原因はどこにあるのか。気象予報士らの見解から検証する。

第27回
東日本大震災の大津波で石巻市立大川小学校の児童・教職員84人が犠牲となった問題で、検証委員会が立ち上がって7ヵ月あまり。期待とは違う方向に検証が進むことに不信感を募らせていた遺族たちが、ついに文科省へ意見書を持って乗り込んだ。

第26回
石巻市教育委員会が主催する大川小遺族との話し合いが約10ヵ月ぶりに開催された。なぜこれほどまでにブランクがあったのか、遺族への心のケアが滞っていることへの質問などが相次いだが、これまでの説明会とは明らかな変化も垣間見られた。

第25回
児童・教職員計84人が死亡・行方不明となっている大川小学校の事故検証が「遺族向け報告会」が開かれた。報告会で遺族から上がったのは、検証内容や検証の進め方などに関する非常に厳しい意見で、委員の解任を求める声も出された。

第24回
東日本大震災の津波で84人が死亡・行方不明になった大川小学校。7月7日の第3回大川小事故検証委員会では、中間報告がなされたが、その中身はすでに遺族が調べて来た事実ばかりで、しかも事実解明の核心部分の議論は、一切なかった。

第23回
東日本大震災の大津波で児童・教職員84人の死者・行方不明者を出した大川小学校。事故検証委員会の第3回会合が今月7日に開かれ、中間報告が発表される。3月以降、進捗の見えない状況におかれた遺族たちのモヤモヤした思いは、募るばかりだ。

第7回
東日本大震災前には約5500人いた宮城県名取市閖地区の住民の大量流出が現実となりそうだ。調査によると、震災で地区全体が壊滅的な被害を受けた閖上に「戻りたい」とした住民はわずか25.2%。9ヵ月前の調査より大幅に減っていた。

第6回
東日本大震災で約800人が犠牲になった名取市閖上地区。市の指定避難所の「閖上公民館」から「閖上中学校」へ誘導される途中に津波にのまれたことが犠牲を大きくした要因とされているが、それに関して筆者の取材で新たな事実が明らかになった。

第5回
宮城県名取市が進める閖上地区の現地再建案が、揺れている。市は3月30日、閖上地区の復興まちづくり案の住民説明会を1年ぶりに行い、計800人近くが参加。市長をはじめとする市側からの住民軽視の説明に、住民の苛立ちと不安は高まっていった。

第21回
東日本大震災で児童・教職員84人が死亡・行方不明となった石巻市立大川小学校。震災から2年を目前に、市内の斎場営まれた大川小の三回忌の合同法要にヤンキー先生こと義家政務官が、児童・教職員遺族、同級生の前で頭を下げ、お詫びを述べた。

第17回
東日本大震災の津波で多くの児童が犠牲になった石巻市大川小学校の惨事を検証する委員会の設置が、石巻市議会で審議されている。しかし、委員会の人選、内容を見てみると、行政側の都合や結論ありきで進められており、遺族の思いは全く反映されていない。

第16回
文部科学省は11月3日、遺族と県教委、市教委とともに4者会合を開き、事故検証委員会を設置して1年後に最終報告をまとめる方針を明らかにした。これまで県教委や市教委にいら立ちを覚えていた遺族がこの動きに期待する中、文科省は真相を明らかにできるか。

第15回
震災から1年3ヵ月あまりが過ぎた2012年6月16日、事故の真相が一向に明らかにされない現状を訴えるために遺族の有志が会見を行った。あれから4ヵ月半――。これまで、どのようなことが明らかにされ、何が課題として残されているのか。

第14回
膠着状態が続いていた大川小学校の事故検証だが、9月下旬、文科省から事態の進展を促す働きかけがあり、昨年来凍結状態にあった「第三者委員会」を設置しての事故の検証に向けて、ようやく新たな動きが出てきた。

第11回
震災から1年5ヵ月が経過した先月8月21日、石巻市教育委員会によって初めて、大川小学校の現場検証が行われた。児童の遺族や地域の人たちも参加した画期的な出来事に思われたが、実際には最後の足取りを曖昧にしたままの遺族に不満の残る結果に終わった。

第9回
東日本大震災の大津波で、児童・教職員84人の犠牲者が出た石巻市立大川小学校。今もまだ真実が明らかになっていないなか、私たちは大津波が襲った当日、大川小の生存者の様子を目撃したという夫妻に出会った。夫妻はあの日、どんな事実を見ていたのか。
