
木内登英
日本銀行は6月の金融政策決定会合でもトランプ関税を念頭に経済や物価動向を巡る「不確実性が極めて高い」として政策金利を据え置いた。不確実性の払拭はトランプ関税の影響が見極められる年後半になると考えられ、利上げ再開は早くても今年12月になる可能性が高い。

トランプ関税政策は米国内でも経済や金融市場への影響が懸念され、行き詰まり感が出ているが、トランプ大統領は貿易などの対外赤字縮小に強い執念を持つ。ドル安政策や安全保障の負担増など、二の矢三の矢を放つ可能性があり、日本には関税見直し交渉の先にも難題が残る。

関税引き上げ政策が金融市場の混乱や各国の強い反発を生む中でトランプ政権は貿易赤字削減の次の一手で「ドル安構想」を抱いていると考えられる。日米財務相会談では言及はなかったというが、今後、米国から日本に円買い介入や利上げを求める圧力が高まる可能性は払拭できない。

日本銀行は政策金利を据え置いたが、1月の利上げ以降、トランプ関税政策などによる経済減速懸念や野菜、コメなどの価格高騰、実質賃金伸び悩みなど内外環境が大きく変わり、早期の利上げは見通せない状況だ。次の利上げは9月、前倒しされても7月になるだろう。

個人消費の低迷が続くが、高賃上げが予想される今春闘の下でも実質賃金の伸びは2021~23年の▲3.5%の下落を取り戻せずゼロ%程度の状態が続く可能性がある。消費回復にはまずは輸入物価上昇の一因である円安を修正する必要がある。

日本銀行は1月利上げの後、年内に1回、さらに来年半ばごろまでに利上げをして政策金利を1%まで引き上げると予想される。だが懸念は、石破政権が利上げに慎重姿勢の上、米トランプ政権のFRBへの“介入”や関税政策などで対米輸出減少やドル安円高となり利上げ継続の障害となることだ。

日本銀行が12月金融政策決定会合での利上げを、来年春闘に向けた賃上げの持続を確認する必要やトランプ新政権の経済政策の不確実性が強いことを理由に見送った。次回来年1月会合では追加利上げをするとみられるが、気になるのは植田総裁のこのところの発言の振れが大きいことだ。

トランプ第2期政権ではイーロン・マスク氏が「政府効率化省」のトップとして、規制撤廃や公務員のリストラなど政府機関の再構築にあたるという。だがマスク氏がCEOを務める企業経営との利益相反問題の浮上や大幅な政府支出削減となれば米経済や金融市場への影響が懸念される。

総選挙で過半数割れとなった石破政権は野党との政策協力を模索するが、各党が掲げた物価高対策などでの給付金や減税などの公約は一時的な消費刺激効果しか見込めない。政策協力は財政バラマキに陥り、財政悪化で中長期的な成長が阻害される懸念がある。

次の首相となる石破自民党新総裁の経済政策は、賃上げ促進や労働市場改革など岸田政権の政策継続を基本に財政健全化や金融政策の正常化を後押ししてアベノミクス離れを図ると見られる。成長戦略は「地方創生」で地域活性化と少子化対策、東京一極集中是正をパッケージで進める構想だ。

「新しい資本主義」などを掲げた3年間の岸田政権の経済政策は、当初の分配重視から子育て支援や新NISA導入など成長重視に軌道修正したが道半ばであり、一方で財政健全化は進まなかった。功罪入り混じる遺産をどう引き継ぎ、何を変えるか、自民党総裁選では議論が必要だ。

米大統領選でトランプ氏再選となれば、関税引き上げや財政拡張政策などが予想され、「ドル安・株安」が進む可能性が高い。米経済や金融市場は第1期政権時より保護主義的政策への傾倒や財政悪化への脆弱性、不安定要因が強まっており「トランプノミクス2.0」はそのリスクを増幅する懸念がある。

日本人の出生者数や出生率が2023年も過去最低水準を更新することになった原因は、少子化対策が既婚者を対象にした給付の増額が中心になっていることがある。婚姻率も低下し続けており、女性が子育てと仕事を両立できるよう企業や配偶者の意識変革も含めた幅広い取り組みが必要だ。

米中の覇権争いが言われるが、中国経済は不動産不況長期化に加えて人口減少・労働力不足で「世界の工場」という成功のビジネスモデルは壁に当たっている。2020年代末には経済規模で米国を抜くと予想されたが、直近のIMF見通しでは移民流入で活性化する米国との成長格差はむしろ拡大する。

日本銀行の「緩和維持」を受けて円安が加速したドル円相場は29日、160円台まで円安が進んだ後、6円近く円高となる荒れた展開になった。円買い介入が疑われるが、介入は米国がけん制していることもあって、日本側の「円安阻止」は日銀の利上げに依存する構図だ。植田総裁の慎重姿勢を考えると追加利上げは最短で9月になり、160円を超える円安が続く可能性がある。

日本銀行は2%物価目標達成を宣言し政策転換をしたが、先行きの物価の行方の不確実性を認識しながら「見切り発車」した感があり、金融市場が追加利上げを見込んで先走りしたり、逆に物価上昇鈍化の際には緩和を予想したりして不安定化する懸念がある。正常化のためには市場の「期待」のコントロールが大きな課題だ。

#5
日経平均株価がバブル期から約34年ぶりに史上最高値を更新したのは実体経済の反映ではなく「物価高」「金融緩和」「円安」の循環と相乗効果によるものだ。日銀のマイナス金利解除や米国景気減速を機にスパイラルは逆回転するリスクがあり高値更新に浮かれている場合ではない。

共和党予備選圧勝のトランプ前大統領が大統領選でも勝つことになれば「米国第一主義」が復活し、とりわけ懸念されるのは、対中輸入関税引き上げや財政拡張、ドル安政策でインフレ再燃や世界の金融市場の不安定化が強まることだ。日本も企業の業績好調や株価好況が一気に逆回転しかねない。

金融市場では2024年早々にもマイナス金利解除の予想が根強いが、FRBが春先にも利下げに転ずる見通しもあり、円高急伸のリスクがある中で日銀が米国の利下げ中に利上げをするとは考えにくい。マイナス金利解除はFRBの利下げ一巡が見込まれる24年10月など年後半になる可能性が高い。

2023年の実質GDPはインバウンド需要急回復などで+1.7%と22年の2倍近くの伸びになる見通しだ。だが24年は実質賃金低下による消費停滞や中国や米国の景気減速の影響で成長率は+0.6%に減速することが予想される。
