──これだけ一人ずつ詳細のキャラクターを詰めていくのは、面白そうではありますが大変な作業ですね。

 もともと漫画やアニメが好きなので、キャラクターを考えるのは楽しかったですね。自分の中にキャラクターのフォーマットがあったためか、具体的に落とし込んでいく作業は比較的スムーズでした。
 ただ、物語の推敲には時間を掛けましたね。小説自体は4ヵ月で書き上げたのですが、その後の推敲にはまるまる1年かかりました。

 推敲前と後で大きく変わったのは、主人公アリサの設定が大学生から17歳の高校生に変わったこと。高校生って、モラトリアム期真っ盛り。自分のアイデンティティを確立できていない代わりに、すれておらず何でも貪欲に吸収していく力がある。高校生にしたことで、ニーチェやキルケゴールらに出会い、人生を考え、成長していく姿が、よりイキイキ描けるようになりました。

 離れて暮らす家族との関係性も、よりリアルなものになりました。自分からコミュニケーションを避けているのに、実は話したいことはたくさんある。こういう屈折した気持ちや心の葛藤が、より生々しく描けるようになったと思っています。

 ちなみに、初めは京都が舞台ではなく、東京にするつもりでした。オタクゲーム開発者のニーチェには秋葉原を歩かせたり、コミケに参加させたりしたかったし、キルケゴールのイメージも「原宿系の読者モデル」を想定していたんです。

 京都に替えたのは、「物事を考えるのに向いている街」だと感じたから。私は京都生まれの京都育ちなのですが、京都にはほかの都市にはない、独特の空気感があるなと感じます。高い建物がないので圧迫感がなく、街中にもたくさんある神社仏閣にはゆったりした時間が流れています。それに、京都学派の哲学者・西田幾太郎先生が歩いた「哲学の道」というドンピシャのスポットもある。こんな街を、哲学者がそぞろ歩きながら物思いにふけったり、レトロな喫茶店で人生について語り合ったりする、そんなシーンを書きたいと思ったんです。

 小説内では、主人公のアリサはニーチェと哲学の道で出会い、そして別れます。そのほかのシーンにおいても、京都の中でも雰囲気のあるスポットばかりを選んでいます。「あの有名スポットを、ニーチェやキルケゴールが歩いている」姿を想像しながら読んでいただくと、キャラクターたちが頭の中でよりリアルに動き出し、それぞれの発言もより深く心に残ると思いますよ。
(後編に続く)