臨床心理学が語る「愛情」の定義

 そのときの「人生の智恵」を教えてくれる言葉がある。臨床心理学の河合隼雄氏の言葉である。

 「愛情」とは、関係を絶たぬことである。

 世の中に、「愛情」の定義を語った言葉は、古今東西の書物の言葉を含め、無数にあるが、筆者が、永い人生を歩んできて、現実の人間関係に処するとき、最も役に立った「愛情の定義」は、この言葉である。

 では、この言葉の意味は、何か? 「関係を絶たぬこと」とは、何か?

 それは、「別れた後も、ときおり会う」ということではない。「別れた後も、ときおり手紙や電話でのやりとりをする」ということでもない。

 それは、

別れた後も、「心の中」で、相手との関係を絶たぬこと

 である。

 例えば、ある職場の光景。部下との会話の中で、何年か前に退職したA君の話題が出たとき、B課長は、こう言う。

「A君…。ああ、そういえば、そういう若手の社員、いたな…」

 同じ状況で、C課長は、こう言う。

「おお、A君か…。彼は、元気でやっているか? いつでも遊びに来いと、よろしく、伝えてくれ」

 この二人の課長の反応の違いが、「関係を絶たぬこと」の意味を、端的に示している。

 B課長の心の中には、すでに「A君との関係」は存在していない。忘れ去っているだけでなく、興味さえ失っている。

 これに対して、C課長の心の中には、まだ「A君との関係」がしっかりと続いている。職場での関係を離れても、いまも、心の片隅で、A君のことを気にかけている。

 B課長は、「心の中」で、すでにA君との関係を絶ってしまっている。C課長は、「心の中」で、いまもA君との関係を絶っていない。すなわち、河合隼雄氏の定義によれば、C課長は、いまも、A君への「愛情」を心に抱いている。