毎年の春節(旧正月)は、中国人にとって民族大移動の時期でもある。春節前は、働き先から両親が住む故郷へと様々な苦労に耐えて帰るが、春節の休暇終了間際になると、今度はそれぞれの故郷から働き先へ逆流する現象が巻き起こる。日本のゴールデンウィークに見られる現象を十数倍か数十倍に拡大した光景を想像していただければ、その規模の凄さと移動距離の長さを理解していただけると思う。

 ついしばらく前までは、春節の休暇が半分ほどを過ぎたころから、労働者の働き先への逆流が始まっていた。理由は一刻も早く人より先に勤め先に戻って働き口を確保したいからだ。しかし、今やこうした光景はあまり見られない。

 ぎりぎりまで故郷に残って肉親との団らんを楽しみ、なかなか都会への旅路に立とうとしない。働き先の都市に行けば、いくらでも仕事が見つかるという安心感があるからだ。労働力市場は買い手市場からすでに売り手市場に変わった。沿海部の企業経営者らは春節後、都市に戻ってきた労働者がそれまでの勤務先に戻って働き続けてくれるのか、固唾をのんで見守っている。

 沿海部では、人件費の高騰と労働者の確保の困難さがすでに恒久的な問題となりつつある。こうした難題を解消するため、このコラムの第34回では、広東省の深センに大規模な工場をもつ台湾系大手電子機器メーカー鴻海(ホンハイ)精密工業が中国子会社の富士康(FOXCONN、フォックスコン)の深セン工場を河南省など中国内陸部地域へ移転することに踏み切ったことを取り上げた。電子機器受託生産(EMS)では世界最大手として知られる鴻海精密というだけのこともあって、内陸部の就職事情の改善に大きく貢献したと述べた。

 今年中に14万人の従業員を採用し、5年以内に5000億元の生産額に達し、最終的に30万人の従業員の雇用を創出するという。雇用の波及効果から見れば80万人に上るだろうと見られる。1社だけでこれだけの規模の雇用機会を創出できるのだ。雇用創出をマニフェストに掲げていた日本の民主党政権から見れば、羨ましすぎるほどの話だ。