GEで長らく親しまれてきた人事制度「セッションC」や評価基準の代名詞ともなっていた「9ブロック」が、大幅刷新されたことを前回紹介しました。ものづくり+デジタルサービスの勝者をめざして大変革をめざすGEが、経営戦略の転換とともに人材育成や組織文化の刷新をも図ろうとしているためです。さらに、上司と部下の日ごろのコミュニケーションやレビューの方法も変化しています。今回はその点について日本人唯一のコーポレートオフィサーである熊谷昭彦・GEジャパン社長兼CEOに聞きます。

前回紹介したセッションCも新しいピープルレビューも、年1回という実施頻度は変わらない。では、レビューされる本人と上司が話し合う機会はどのように設けるのか。一般に目標管理制度を導入している企業では、その成果を話し合うために、おおよそ半期に1度は、上司と部下が1対1で面談する場が公式に設けられているだろう。

 実は今回の人事管理制度の改革では、この上司と部下の面談回数も大きな変更点の1つとなっている。それまでは公式の面談の機会は年2回で、あとは日々の上司のやり方に任せられていた。

 しかし、スピードがひときわ重視される昨今、1年や半年を通じての評価は当を得たものとはいえないだろう。半年前と現在では顧客ニーズも変わるし、そもそも半年前の行動を蒸し返されてもピンとこないというのが部下の率直な気持ちでもあっただろう。実際、かしこまった雰囲気で上司から面と向かって「あなたの足りないところはここだ」などと指摘されると、落ち込みはしてもよい方向につながるには時間がかかるものだ。

 そこで、「ピープルレビュー」は年1回でも、リーダーと部下とのやりとりは毎日のように行うことになった。これまで、“1年、半年を振り返って評価を決める”ものであった人材管理プロセスを、年間通じて対話をもち、頻繁にフィードバックを繰り返し、“これからどうキャリアを積むかを話し合って行動と成長を促進する”プロセスへと変更したのである。

新たな360度評価ツールの導入

 私たちはこのプロセスを「パフォーマンス・ディベロップメント」、略してP.D.と呼んでいる。一般にはパフォーマンスマネジメントと呼ばれている目標管理システムである。そのツールとして専用ソフトウェアも作製した。

 パフォーマンス・ディベロップメントは、上司や同僚、あるいは部下からのインサイト(気づき)を共有するものである。いわば360度評価のためのものだ。日々、部下が気づきによって成長できる環境を整えることが目的で、それこそがリーダーの重要な仕事とされている。

 気づきの頻度を上げる手法として、パソコンとスマートフォンで利用する専用アプリケーション(PD@GE)も用意した。もちろん対話はワン・オン・ワンの対面で行うのが最善であることは変わりないが、タイムリーに実施することにより重点を置いたのである。最近は社員も、毎日は出社せず直行直帰で仕事することも少なくない。そのため、デジタルツールを活用し、手軽にタイムリーな対話ができるようにした。

 社員が持つスマートフォンやタブレットにこのツールを入れ、通常のメッセージアプリのように、社員は顔写真を付けて登録する。上司、同僚、部下は日々、その人の仕事で気づいたことを自由に送る。メッセージは大きく“Continue(いいね)”と“Consider(考えてみて)”に分けられる。ただしボタンを押して終わりではなく、メッセージを必ず入れることになっている。

 たとえば「さきほどのプレゼンテーションはこういうところがよかった」、「昨日のあの話には私は賛同できません」、「あなたのこのスタイルはとてもいいと思います」などといった評価をタイムリーに本人に送る。社員はそうした仲間からの評価を利用することで、日々「気付き」を得て、成長や自身の改善につなげていく。

 このツールは社員だけが使えるシステムで、完全に2人だけのやりとりになり、上司などほかの社員からインプットされた言葉を見られることはない。そのほうがフィードバックが気遣いなくタイムリーにもらえ、本人の成長につながるからだ。“Continue”や“Consider”としてもらった言葉は、あくまで個人のディベロップメントのためのものだ。会社として、それを上司などとシェアせよなどとは一切言うことはないが、もちろんシェアしても構わない。使い道は、その人次第なのである。

上司と1対1で行う「タッチポイント」

 新しい仕組みとして「タッチポイント」も導入された。これは“上司と部下の対話”という意味で、おおむね月に一度、面談の場をつくり、会社やチームとして優先すべき課題や、今月フォーカスしている仕事の進捗状況などを話し合う。また上司は部下の今後のキャリアについて、部下の希望を聞く機会にもなっている。パフォーマンス・ディベロップメントのツールには、周囲の人たちから指摘されたことが全部そこに溜まる。それをもとに公式には四半期に1度、できれば最低月に1度、上司と「タッチポイント」という1対1の面談の場を設けることになっている。

 GEには伝統的に1対1(ワン・オン・ワン)の対話を重視してきた。そのため、ほとんどの社員は、月に1度は上司と話をする機会をもっており、今は随時タッチポイントを行っている。ただし、「最低でも月に1度」などと義務づけられているわけではなく、HR(人事)部がそれをトラッキングしているわけでもない。そもそも、タッチポイントによる話し合いは評価の対象にはしないことになっている。だから、かしこまらずカジュアルなやりとりができて、結果として全般的な人物評価の貴重なチャンスにもなっている。

勇気をもって「Consider」を出す

 「パフォーマンス・ディベロップメント」と「タッチポイント」は、日本はすでに導入を終えた。パフォーマンス・ディベロップメントのツールが配布された当初は、戸惑いが大きく、誰も使おうとしなかった。そこで、HR部門が中心となって社員に使用を推奨してきた。

 日本人の特性でもあるが、他人の至らない点を指摘する“Consider”にはみな臆病になりがちだ。だから、使われ始めたときも、仲間からの褒め評価となる“Continue”ばかりだった。

 上司から部下への“Continue”も比較的浸透が早かった。それまではメールを使って行われていたことだが、せっかくツールがあるのだから使って見ようとなったようだ。いまでは、鮮やかなプレゼンをこなしたときは上司や仲間たちから“Continue”がたちどころに入ってくる。

 ツールに慣れ始めたことで、今度は注意を促す“Consider”もみなで言い合おうという雰囲気ができてきた。賛美も苦言も率直に言い合うことが本当のチームワークにつながるはずだと、勇気をもって“Consider”を出す人が少しずつ増え始め、それが各部署に横展開されるようになった。そして、的確な“Consider”は本人に喜ばれることを理解するようになってきた。

 ただ、上司から部下に対する“Consider”はなかなか普及しなかった。「君のこういうところがよくない」と、はっきり指摘した文面を書くと、今後のモチベーションに悪影響を及ぼすと考え、躊躇する上司が多かったのだろう。

 そうしたなか、最近は、上司に「Considerをください」というリクエストを出す部下が増えている。部下の欠点を指摘できないようでは、上司の役目は務まらない。それを受けて上司も“Consider”を出すようになっている。その“Consider”に対して、ふてくされたり落ち込むのではなく「ありがとうございます」という素直な返事が来ると、「言ってよかった」と思えるのものだ。

 社長である私に対しても、3階層くらい下の社員たちから「社長が出席されていた会議で、私はこんな提案をしましたが、それについて意見をいただけませんか」などと言われることがある。

 そのときは「あそこは良かったよ。でもここはまだ不十分なように感じた」などと簡潔に答えるようにしている。あくまで非公式な意見だから、その社員の評価に何ら影響を及ぼすものではない。その場限りのちょっとしたアドバイスと捉えてもらえればいい。そのことが理解されれば、「パフォーマンス・ディベロップメント」は、真の機能を発揮することになるだろう。また、この仕組みを日々きちんと活用できているかどうかは、リーダーとしての評価につながってくるに違いない。