GE社員33万人のバイブルとされてきた行動指針「GEバリュー」は、2015年に新たな「GEビリーフス」に変更されました。現会長兼CEOのジェフリー・イメルトのもと、ものづくり+デジタルサービスの勝者をめざして大変革をめざすGEが、経営戦略の転換とともに組織文化の刷新をも図ろうと提示した行動指針「GEビリーフス」の狙いとは?そして、全社員からアイデアを募って決定された日本語訳に込められた思いとは?日本人唯一のコーポレートオフィサーである熊谷昭彦・GEジャパン社長兼CEOに聞きます。
企業では人材のあり方が文化を創り、企業文化が人材を育む。そのためGEは、時代や市場環境に合わせて見直す経営戦略とともに、行動規範や評価制度を戦略に合ったものに改めてきた。
2015年、イメルトはこれまでGE33万社員の心のバイブルとなっていた行動基準「GEバリュー(グロースバリュー)」をつくり変え、「GEビリーフス」を新たに導入した。
・外部志向(External Focus)
・明確でわかりやすい思考(Clear Thinker)
・想像力と勇気(Imagination & Courage)
・包容力(Inclusiveness)
・専門性(Expertise)
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【GEビリーフス】
・お客様に選ばれる存在であり続ける(Customers Determine Our Success)
・より速く、だからシンプルに(Stay Lean to Go Fast)
・試すことで学び勝利につなげる(Learn and Adapt to Win)
・信頼して任せ、互いに高め合う(Empower and Inspire Each Other)
・どんな環境でも、勝ちにこだわる(Deliver Results in an Uncertain World)
GEバリューはGE社員としてのスピリットを5つキーワードで示したものだった。GEがもつ強みを下地に、GEの社員たるものもつべき行動基準が5つのブレッドポイント(要点の箇条書き)で示されていた。
一方、GEビリーフスは「GEは世の中の変化に合わせてこれから体質を変化させるので、あなた方も変わってほしい」という思いをベースにした5項目だ。それぞれの項目がよりヒューマンタッチになっており、キーワードではなく文章で構成されている。
これから我々が目指すべき方向を示したものになっている。ある意味では非常に正直に、「いまはまだ不足しているから、みんなでもっと改善していこう」とするメッセージである。その点で、GEバリューのように「いまのあなたはこうあるべきだ」とは考え方がまるで違う。受け入れる側の変化も多分に意識したもので、特に若い世代の腹落ちしやすい内容だと思う。
公募で決めた日本語訳
ちなみに、GEビリーフスの原語はもちろん英語だが、日本語訳は全社員からアイデアを募集して最終決定した。これまでグローバルから提示された英語の文書は、まず外部の翻訳会社に翻訳してもらい、コミュニケーション部門やHR(Human Resource=人事)部門などがそれを修正・補足して公表することが多かった。
しかし、GEビリーフスは、全社員が理解しなければならない大切なメッセージだ。社外に依頼するのではなく、一から社内で日本語にすればどうかという意見が多かった。そこで、いったん原文を社員に見せ、社員に翻訳してもらう方法を取ることにしたのである。
それも直訳ではなく、自分自身で最もわかりやすいように意訳してものを全社員に応募してもらい、そのなかから最も日本の社員にしっくりくるものを選んだ。日本語のGEビリーフスが原文に決して忠実でなく、かなりの意訳になっているのはそのためである。
たとえば、Uncertain Worldは「どんな環境でも」と訳した。Stay Lean to Go Fastも「より速く、だからシンプルに」である。ここでの「だから」は原文には含まれていない接続語だが、その言葉をはさむことによって、日本語としてわかりやすくなったはずだ。
応募もたくさんあった。みんなで知恵を出し合ってよりよいものをつくろうという狙いだから、社内は大いに盛り上がった。GEジャパンも変わってきた、という手ごたえを感じたものだ。
ビッグウィナーになるための顧客中心主義
またGEバリューもGEビリーフスも「顧客を中心に考える」ことは同じでも、GEビリーフスは、「顧客中心とは具体的にどういうことか」まで踏み込んでいる。ただ単にお客さまと接する機会を増やせばよいということではなく、お客さまを本当に理解しないと意味がないと教えている。
お客さまを理解することによって、お客さまの本当のニーズを探り出していく。それはもしかすると、いまはGE製品とは縁のないものかもしれない。しかし、そこを理解しなければお客さまとの密な関係はつくれず、よいビジネスはできないのである。
顧客中心主義という点では、ウェルチ時代にも「Customer Centricity」や「ACFC(At the Customer, For the Customer:顧客のもとで顧客のために)」といったスローガンがあった。
だが、これらはどちらかというと既存のGE製品をより多く売るための手段として表面的に捉えられがちであった。昔は私自身もお客さまとより密接な関係を築くため、競合相手が顧客のもとを週3回訪れるのなら週5回通い、競合相手が購買課長と付き合っているのなら部長や社長と付き合う、そうすれば競合相手に勝てる、という程度に解釈していた。おそらく、多くの社員がそうだっただろう。そして、当時はそれで競合に勝つことができた。
しかし、いまはそうはいかない。お客さまのニーズの本質を本当に理解していないとビッグウィナー(圧倒的な勝者)にはなれない。視野を広げてお客さまの立場に立ってものを考え、お客さまが本当に望んでいるもの、あるいは本当に困っているものを探り出すことから始めなければならない。手間も時間もかかるが、そのことがゆくゆくはGEのビジネスにつながる。そうした考え方をしようというのがGEビリーフスなのである。
日常的に引用され浸透の早かったGEビリーフス
またGEビリーフスは、何か壁にぶつかったりトラブルが発生したとき、「GEビリーフスに立ち返ったらどうなるか」と原点に戻る際に、社員が日常的に意識すべき指針として急速に浸透してきている。
たとえば新製品の開発に当たって、「この機能も入れるべきだ」「いや、それよりも速く開発することのほうが大切だ」と議論が沸騰したとき、「GEビリーフスには、“試すことで学び、勝利につなげる”とある。完璧なものを目指さずに、世に出してみるべきだ」と誰かが言うと、そこで議論が収まることになる。
あるいは、社員が上司に対し「あのお客さまは予算がないそうだから、少しレベルを落とした提案をしたい」と報告した際、上司が「その提案でお客さまの本当のニーズを満たすことができるのか。その提案はGEビリーフスに適ったものか」と問い掛ける。
最近、上司と部下の間で、こうした会話が随分と増えてきた。
また、日本の社員が新しいことをやろうとアメリカの事業本部に要求出したにもかかわらず、承認が得られなかったとき、「GEビリーフスにある“Empower and Inspire Each Other(信頼して任せ、互いに高め合う)”に基づけば、ここは後押ししてくれるべきではないのか」などと反論する武器としてもよく使われている。行動をより具体化した指針として利用されているのである。
このようにGEビリーフスは社員の間に急速に浸透している。文章化されたことで、意味を取りやすくなったことも大きい。就業規則などのように必ず守らなければならないルールではないが、そのぶん、日常的に使えるものになった。
ひとりひとりの行動指針ですら変化していることから明らかなように、経営戦略だけでなく組織、文化全体でGEは進化を続けてきている。