エグゼクティブ・コーチとして、経営者に気づきを与える質問を数多く考えてきた粟津恭一郎さんが、『「良い質問」をする技術』を発刊。それを記念して、同書でも紹介されや株式会社ほぼ日のCFO、篠田真貴子さんと対談しました。人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営するほぼ日の社内でよくされている質問とは?そして、自分自身の仕事を見直すために、糸井重里さんがほぼ日メンバーに投げかけた質問とは、いったいどんなものだったのでしょうか?対談連載の最終回です。(構成:崎谷実穂 撮影:疋田千里)
ほぼ日の基本をつくる、もう1つの質問
篠田 『「良い質問」をする技術』では、ほぼ日でよく「それ、本当におもしろいと思ってる?」という質問がされるというエピソードを採用していただきました。でも、ほぼ日の本質にもっと近い問いがあることに、最近気づいたんです。
粟津 そうなんですか!ぜひ知りたいです。
篠田 それは、「そこに嘘はない?」です。意識的に嘘をつくのは、当然ダメですよね。ほぼ日ではそこからさらに、無自覚のうちに言ったり書いたりしてしまう「本当ではないこと」に敏感であろうとしています。
粟津 たとえばどんなことでしょうか。
篠田 コンテンツを制作しているメンバーの例がわかりやすいのですが、「あっと驚きの声を上げた」というような表現を適当に使わない、ということですね。だって、本当に「あっ」と言ってなければ、それは嘘ですよね?
粟津 たしかにそうですね。
篠田 もし本当に言っていたとしても、手垢のついた表現を何も考えずに選んでいないか、考え直すことも必要です。嘘が混じっているように「見える」ことも、できるだけ避けようとしています。これが、ほぼ日の仕事の根底にある姿勢なんです。
管理部門でも、たとえば会計士とのやり取りのなかで、ルールと現実の間のグレーゾーンに対し、「ルールに沿っている」と言うこともできなくないけれど少し微妙、いうときがあります。その場合に、「ルールに沿っている」と言ってしまうのではなく、「ここまでは事実として把握していて、でもこれがルールに沿っていると言えるのか、判断に迷っています」と正直に伝える。そのほうが、後のやり取りがスムーズになると考えているんです。
粟津 それは社風なのでしょうか。
篠田 社風ですね。こうすることが、結果的に信頼につながると考えている。私達は、メディアを中心とした仕事をしています。メディアって要は、人の話を伝えるということ。伝えるときに、読者と信頼関係がある状態で伝えるのと、ちょっとでも疑われている状態で伝えるのとでは、受け止められ方がまったく違うと思います。
粟津 それはやはり、糸井重里さんの考え方からきているんでしょうね。
篠田 そうですね。糸井が過去の仕事の経験から、社内を嘘がない状態にしようと考えていたのだと思います。しかもこれは、努力を続けないと保たれないものなんです。
粟津 ほぼ日という会社、そしてメディアが他と違っているのは、常に「そこに嘘はないか」と問い続けているからかもしれませんね。組織の中で使われる質問は、その集団の本質を表します。トップの方の質問しだいで、社風は大きく変わっていきますよね。
もっとほぼ日のお話を聞かせていただきたいのですが、最近、社内でおもしろいと思った質問はありますか?
ほぼ日で「クリエイティブである」とはどういうことか
篠田 うーん……なんでしょう。ああ、最近でもないのですが、こんなことがありました。ほぼ日では毎週水曜にメンバー全員が集まって、糸井の話を聞く時間を設けているんです。そこで、糸井が「きょう1日、クリエイティブであったか?」ということを自分自身に質問してみるように、と言ったことがありました。
粟津 へええ!おもしろい問いかけですね。どういう意図があるのでしょう。
篠田 やはりあらためてそう問わないと、創造的なことをするのは難しいだからだと思います。みんな日々の仕事で忙しいので、たくさん文章を書いたとか、デザインをいくつも仕上げた、ということで満足しがちです。でも、それは本当にクリエイティブなの?と。どうしても会社はルーティンに陥りがちなんですよね。再生産をしてやった気になるのはよくない。これは、いろいろな形で言われますね。
粟津 会社という組織で仕事をするには、ある程度のルーティン化は必要ですよね。でも、それで同じことの繰り返しになるのは避けよう、と。
篠田 歌になぞらえて「2番を歌うな」ともよくいわれます。いいものができたからって、似たような「その2」を作っちゃダメなんです。逆に、「その2」が「その1」とはまったく違ったものになっていれば、拍手されます。
粟津 なるほど……。御社で「クリエイティブである」というのは、どういうことだとされているんですか?
篠田 今までなかったものを生み出す。あるいは前からそこにあったけれど気づかれていなかった魅力を再発見、再定義する、ということですね。ただ美しい文章を書く、素敵なデザインをする、といったことを指しているわけではないんです。人の意識になかったおもしろさだったり、良さだったり、人の心が動くものを見出すのがクリエイティブだとされています。
粟津 それは難しいけれど、本来創造的であるというのはそういうことですよね。
篠田 でも、この話にはオチがあって、「きょう1日、クリエイティブであったか?」という質問は社内に定着しなかったんですよ。
粟津 えっ!そうなんですか。
篠田 はい、その質問が必要なくなったのか、自分に問い続けるのがつらくなったのかはわかりませんが(笑)。糸井が言ったからといって、必ずしもみんなやり続けるわけでもない。それがほぼ日のおもしろいところでもあるんだと思います。
上場したら、ほぼ日の質問は変わるのか?
粟津 篠田さんはほぼ日が会社でいうと5社目になるわけですが、肌に合っていると思われますか?
篠田 仕事のテーマとして、すごく合っているなと思いますね。基本的な考え方や姿勢も、個人的に持っている価値観と合います。だから、今までの職場のなかで一番長く働いているのだと思います。
粟津 何年くらい続いているんですか?
篠田 もう8年になりますね。最初はあまりに今までと違う環境だから、留学しに行くような気持ちだったんです。それが、いつのまにか定住したみたいになっちゃった(笑)。
粟津 留学にしては長いですよね(笑)。
篠田 でも、やはり半分外国人なんです。私が興味のある事柄って今でも、社内のメンバーとほとんど重なっていないんですよ。
粟津 そうなんですか。興味の方向性が違うということでしょうか?
篠田 私はビジネスがおもしろいと思っていますが、ほぼ日の多くの人はクリエイティブやものづくりがおもしろいと思っているんじゃないかな。私がプライベートで会うことのある人には、ビジネスの世界で活躍されている人もいるんですが、ほぼ日のみんなは知らない人ばかりです。読んでいる本なども少しずれている。だからこそ、私がいることに価値があるとも言えるのだと思います。私みたいなタイプが半数になったら、ほぼ日はほぼ日でなくなってしまいますよ(笑)。
粟津 たしかに、ほぼ日さんはマッキンゼー出身の人がいる会社には見えません(笑)。
篠田 あはは。あ、でもマッキンゼーもじつは会社としては肌に合っていて、楽しく出勤していたんです。マッキンゼー時代に知り合って、今でも付き合いがある人もたくさんいます。おもしろい人がたくさんいるのは、ほぼ日と似ているかも。
粟津 おもしろいってどういう人ですか?
篠田 自分の頭で考えて物を言ったり、行動したりしている人、ですかね。そういう人が、「これが本当におもしろい!」と思っていることを、熱意を持ってやっている姿には刺激を受けます。そういう人を見るのが好きなんです。
粟津 私から見ると篠田さん自身が、十分に「おもしろい人」ですよ。フランス・ヨハンソンという人が書いた『メディチ・インパクト』という本があるのですが、それによると、ルネサンスは、メディチ家が、彫刻家や科学者、詩人、哲学者、画家、建築家などの幅広い分野の人材をフィレンツェに呼び集めたことで生まれた、と。まったく違う分野の、価値観の異なる人たちが、互いを隔てる文化や学問の壁を取り払って触発し合ったことで、多くの革新的なアイディアが生まれ、創造性に満ち溢れたルネサンスを生んだ、というのですね。篠田さんは、ほぼ日にとって、そういう存在なのではないかと思いました。
篠田 自分がおもしろいかどうかはわかりませんが、おもしろく毎日を過ごしたいとは思っていますね。極端に言えば、たとえネガティブなことであっても発見があるほうがいい。そういう毎日を送りたいです。
粟津 今後は、ほぼ日でどういうことをやっていきたいと思われているんですか?
篠田 今は、上場の準備に注力しています。でも上場が目的かというと、そうではなくて。上場は1つのステップなんです。最終的には糸井重里が引退してもなお、この会社が栄えるという状況をつくっていくことを目指しています。上場を機に、まさにこれまでとは違うタイプの質問をするステークホルダーが、ほぼ日にガバッと集まってくださるようになるわけですよね。その人達との対話のなかから、また自分たちの次なる動機を発見していけたらいいなと思っています。
粟津 上場を機に、ほぼ日の質問がどう変わるのか、変わらないのか、とても興味があります。またぜひお話を伺わせてください。今日は本当にありがとうございました。