企業の経営者にさまざまな「質問」を投げかけ、気づきを与えるエグゼクティブ・コーチ。その仕事を10年以上続けてきた粟津恭一郎さんの初めての著書が、『「良い質問」をする技術』です。人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する株式会社ほぼ日のCFO、篠田真貴子さんはこの本を読むことによって、さまざまなことが「質問」という切り口で整理できると気づいたそうです。人生をいい方向に変えるには、毎日を豊かに暮らすには、どういう質問をするとよいのでしょうか。(構成:崎谷実穂 撮影:疋田千里)
自分に問いかける質問を変えると、人生が変わる
篠田 『「良い質問」をする技術』を読んで、ビジネス書や自己啓発本に書いてある「どういうことを意識していたら前向きでいられるのか、生産性が上がるのか」ということはすべて、「どういう質問を自分に問いかければいいのか」に置き換えられるとわかったんです。質問という視点で捉えると、いろいろなことが整理される。すごくおもしろいと思いました。
粟津 たとえば、どういうことでしょうか。
篠田 大前研一さんが、「人間が変わる方法は3つしかない。1つ目は時間配分を変えること、2つ目は住む場所を変えること、3つ目は付き合う人を変えること」とおっしゃっていますよね。有名な言葉なので、知っている方も多いと思います。これは、「そうすると自分への問いが変わる」ということだと、改めて理解することができました。
また、ライフネット生命の出口治明会長は、人生を豊かにしてくれる3本柱は、「人・本・旅」だとおっしゃっています。これは、人と出会ったり、本を読んだり、旅に出たりすることで、自分に問いかけていた無意識下の質問が、強制的に切り替わる。それによって、ものの見方や考え方が変わる、ということなのでしょうね。
粟津 そう解釈すると、たしかにそれらの名言は「質問」にまつわることになりますね。
篠田 また、以前同僚が教えてくれたウェブ記事に、「自律神経を整える簡単な方法」が載っていました。その書き手の方も、以前誰かから聞いた話だと書かれていましたが、夜寝る前に、1.「その日の反省」2.「その日あったうれしかったこと」3.「翌日の目標」を書き出す、という簡単なものです。
粟津 これはつまり、「その日反省することはなんですか?」「うれしかったことはなんですか?」「目標はなんですか?」と自分に問いかけること、と言い換えられますね。
篠田 そうなんです。最初は「ほぼ日手帳」の使い方としていいな、と思ったんですよね。そして実践してみると、ある気づきがありました。それは、この3つの質問だと、「人のせい」にすることができないということ。反省って自分の言動に対するものですよね。うれしかったことも、自分の感情。そして目標も、明日自分がどうするか、ということです。
粟津 たしかに、「あの人に嫌なことを言われた」みたいなことは、どの項目にも書けませんね。
篠田 私なんて、放っておくと、良かったことは自分のおかげに、嫌なことは人のせいにしがちです。そういう思考をさせない質問なんだ、とわかりました。記事の著者の方は、この3つを書き出すことによって、日々の小さな幸せに気づきやすくなって、前向きになったと書かれていました。これも、自分に問いかける質問を変えることで、日々の暮らしに向かう姿勢が変わる、という話なんだなと。
粟津 幸福についての研究をしている研究者が、日記を毎日つけると幸福度が上がるという研究結果を発表していました。それもたしか、毎日同じ固定的な質問を設定して、それに答えるかたちで書くという方法だったんです。きっと、自分事として書くというのがいい効果を生むんでしょうね。
篠田 フラストレーションが溜まったら、怒りや悲しみの感情をガーッと日記に書き出すことでストレスを発散する、という方法もありますよね。でも、きっと「◯◯さんがムカつく」「◯◯さんが悪い」とずっと書いていたら、マイナスの考えを強く植え付けることになってしまう。うまくいかない状況に対して「誰が悪いのか」という質問をし続けることになると思うんです。だからこそ、先ほどの3つの質問は、プラスの意識付けができるんだろうなと、粟津さんのご著書を読んで改めて整理できました。
良いコーチ、良いクリエイターはどうしたら育つ?
篠田 私も、粟津さんに聞きたいことがあったんです。御社では「良い質問」ができるエグゼクティブコーチを、どうやって育てていらっしゃるんですか?
粟津 それは……ある意味「重い質問」ですね(笑)。
篠田 ご著書に書かれている、「答えづらい」けれど「気づきがある」質問ということですね(笑)。
粟津 これという育成方法が確立しているわけではないのが現状です。創業者の伊藤守を中心に、社内でのエグゼクティブコーチのトレーニングの場は常にあって、「これは良い質問だ」「これは良くないからこうしたらどうか」といったやり取りは活発にされています。でも、質問の良し悪しを判断する基準や、良い質問の作り方は明示されていません。自分で質問ができるようになって、お客様から評価していただけるようになっても、「これで完璧だ」という終わりはない。私自身も自分の頭のなかでどうやって質問を考えているのかを言語化してくることがなかったので、それを後輩に伝えることができなかったんです。
篠田 職人芸のようなものだったのでしょうか。
粟津 それぞれのベテランのコーチが持っている暗黙知を形式化するのは難しいものなんですよね。今回本を書くことで、私の暗黙知はだいぶ形式化されたと思っています。
篠田 それこそ、良い質問を見つけるための「3つのV(Vision、Value、Vocabulary)」や、「答えたい/答えたくない」「気づきがある/気づきがない」の2軸で分けた質問の4分類などは、フレームワークとして汎用性がありますよね。
粟津 本を読んだ後輩社員から、「こういう方法があるなら、もっと早く教えてくださいよ」と言われたのですが、この本を書くにあたって初めて質問についての思考の棚卸しをしたので、「俺もわかってなかったんだよ」と答えました(笑)。
篠田 どうして私が「良いコーチの育て方」について質問をしたのかというと、うちの会社も似たような構造があるからなんです。コーチングの主要な要素が「質問」であるように、ほぼ日の中心となっているのはコンテンツです。「この記事おもしろいね」「この商品、私も欲しい!」というように、コンテンツが良いか悪いかは誰でも判断できます。でも、「おもしろいコンテンツとはなにか」という問いに答えられる人はほとんどいない。そして「おもしろいコンテンツ」が定義づけできたとして、それをそっくり踏襲すれば、新しくておもしろいコンテンツができるわけでもない。
粟津 まさに、「良い質問」と同じですね。
篠田 御社は、コーチング、つまり経営層に「良い質問」を投げかけることを事業としていて、その技術が新人として入ってくる人にも継承されている。だからこそ、会社として成り立っているわけですよね。その高度で抽象的なスキルをどうやって伝えているのか、うちも学びたいと思ったんです。
粟津 そうですねえ……この本を読めば、良い質問をするための考え方は身につくと思いますが、現場で実践できるかというとそれはまた違います。属人的ですが、やはり「先輩と長い時間一緒にいる」という方法が、うまくいく確率が高いのではないでしょうか。
篠田 師匠と弟子スタイルですね。背中を見て学ぶ。
粟津 私もコーチングを学び始めた当初は、師匠にあたる先輩社員にくっついてまわっていたんですよ。基本は1対1で質問を投げかける「コーチング・セッション」でも、特別に隣に座らせてもらって話を聞いていました。同じように、私の横でずっと話を聞いていた後輩もいます。そういう経験を積み重ねることで、少しずつ自分なりの質問の仕方が身についていくのだと思います。でも、この方法が全員に当てはまるかというと、そうでもないんですよね。だから、今はまだ試行錯誤の途中です。
(次回へ続く)