トランプ相場は
「教科書どおり」の現象である

じつを言うと、私は以前から今回の円安・ドル高の傾向を予測していた。もちろん、トランプ氏の当選は私にとってもサプライズだったが、円高修正のシナリオについては、夏時点に某ウェブメディアの記事で語っていたのである。

米大統領選直後に大手経済新聞から取材を受けた際にも、私は「円高是正のトレンドがさらに加速するだろう」とコメントした。ところが本紙に掲載されたのは、ほかの2人のアナリストによる「これからますます混乱が広がる。この円安は一時的なものだ」という言葉だけで、私のコメントは同紙の電子版に載っただけだった。

とはいえ私は、「結論ありきの報道姿勢」について、彼らだけを批判したいわけではない。どのテレビ番組・どの新聞記事も、似たり寄ったりの報道をしていたからだ。

また、ここで私は、自分の予測が当たったことを自慢したいわけでもない。というよりも、世界のマーケットを冷静に見ているプロフェッショナルたちからすれば、ごく常識的な見方を示したに過ぎないので、自分の手柄だと誇る気にはとてもなれないのだ。

私が勤めている外資系運用会社の同僚との会話や会議中のディスカッションのなかでも、「トランプ政権の誕生で円安・株高」というシナリオはかなり明確に意識されていた。世間では驚かれているが、マーケットのプロたちの目から見れば、じつは「教科書どおり」のものでしかない。

つまり、トランプショックがわずか1日で終わったのは、当然といえば当然であり、日本のメディアがやたらと煽り立てた結果にすぎないのである。

「過剰な悲観論」にダマされず、
「起きている事実」を把握しよう

トランプショックが騒がれていたとき、わが社の東京オフィスでミーティングが開かれたのも、顧客とのコミュニケーション方針について事前に確認するために過ぎない。われわれはメディアが煽っているほどのサプライズを受けていたわけではないし、これから本書がお示ししていくとおり、私個人はよりアグレッシブに「トランプ政権の誕生は、日本経済にとってはむしろプラスに働く」とすら考えている。

とはいえ、ここでトランプ氏の政治的信条の是非について議論するつもりはない。私は外資系運用会社に勤務するマーケット・ストラテジストであり、プロの海外投資家の同僚とともに、世界各国の金融市場・経済動向を予想・分析することを生業としている。今後の連載でも、あくまでマーケットのプロとしての立場から、いま何が起きているのか、これから何が起こるのかにフォーカスしていくつもりだ。

多くの人は「なぜ『トランプ氏当選』がマネーの動きを好転させたのか?」を一向に説明しようとしないメディアに、いまなおモヤモヤとした思いを抱いているはずだ。そこでこの連載では、私の最新刊『日本経済はなぜ最高の時代を迎えるのか?』のなかから、いくつかの通説をピックアップし、その真相を示していくことにしたい。

通説]「トランプ大統領なら100円割れの円高になる」
通説]「リスクオフで米ドル離れ。安全通貨・円に買いが殺到」
通説]「トランプ円安は短命。投機マネーの一時的な動き」
通説]「貿易赤字を問題視するトランプは円安を許さない」
通説]「どれだけ円安が続こうと、やはり株価は先行き不透明
通説]「著名人の経済解説なら、わかりやすくて信頼できる」
通説]「マイナス金利の大失敗。日銀・政府はもう手詰まり
通説]「消費増税はやむを得ず。経済不調は天候不順のせい」
通説]「実体経済への好影響なし。庶民の生活は改善見られず
通説]「ヘリコプターマネーは怖い。超インフレによる預金封鎖」
通説]「トランプ当選は理解不能。さまざまな偶然が重なった」
通説]「本質は減税+規制緩和。レーガノミクスの焼き直し」
通説]「自国利益を優先する奇策。暴言・暴走は止まらない」
通説]「欧州債務危機での教訓。放漫財政は経済崩壊への道」
通説]「日本は成熟経済に入った。右肩上がりの成長は不要だ」

明日はさっそく、第一の通説「トランプ大統領になれば、一気に円高が進む」を取り上げる。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。