書籍『会計事務所と会社の経理がクラウド会計を使いこなす本』の内容を元に、100社以上にクラウド会計を導入してきた税理士と会計士が、具体的なメリットや導入法・活用法を解説していく本連載。

第5回は、クラウド会計の登場によって、経理部の存在意義が変わりつつある、というお話です。

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中小企業を悩ます「ものたりない経理問題」

 税理士として中小企業の社長と話しをしていると、経理部が成長の足を引っ張っていると感じることがしばしばあります。

 ここでいう経理部とは、特定の経理スタッフのことではなく、「経理の仕組み」全体のことです。

 たとえば、新規顧問契約の際、しばしばこのような相談を受けます。

「事業拡大のための人員増加や新商品の広告宣伝のために、いくらまでなら資金をつぎ込んでも大丈夫か、判断がつかない」

「決算数字が悪く、銀行から経営改善計画の提出を求められた。しかし事業計画は社長のドリームプランくらいで、銀行マンを納得させられるような事業計画が社内で作れない」

「3ヵ月先の資金繰りすら予測が立たず、年に数回は資金繰りでヒヤヒヤしている。社長の給料は”ある時払いの催促なし”が通例になっている」


 ――これらは、ハイレベルな経営企画部、経理部を備えている大企業から見れば「お粗末」に感じるかもしれませんが、慢性的な人材不足の中で厳しい競争を勝ち抜こうとする中小企業では、珍しくない相談ごとです。

 むしろ、程度の違いこそあれ、ほとんどの中小企業は、資金繰り・融資・事業計画といった会社の運営上とても重要な経理機能について機能不全を起こしている、と言っても過言ではないでしょう。

 このように、日常の支払業務や伝票作成などの事務作業は問題なくできているが、経営財務上の問題が起きたときに経理が役に立たないような状況を、仮に「ものたりない経理問題」と呼ぶことにします。

「マネジャークラスの経理スタッフの不在」と
「非効率な経理業務プロセス」が原因

 この「ものたりない経理問題」が生じる原因は、どこにあるのでしょうか。

 顧問先企業との対話を通して見えてきたのは「マネジャークラスの経理スタッフの不在」と「非効率な経理業務プロセス」です。

 業種にもよりますが、年商10億円以下の規模で、マネジャークラスの経理スタッフを雇っている会社は少ないでしょう。「お金を生まない管理部門に多額の給料は払えない」という会社側の本音と、「あまり規模の小さい企業で働きたくない」というマネジャークラスの経理スタッフ側の本音が、奇しくも合致するからです。

 このような背景があり、中小企業に経理部は、事務作業だけをこなすスタッフだけ、というケースも多いでしょう。当然、そうした経理スタッフには、真面目で優秀な方も沢山います。ただし、ほとんどの場合、経営分析や資金繰りなどの応用的な経理業務や、新しい経理業務プロセスの提案といった役割は期待できません。元々、そのようなトレーニングを積んでいないのだから、仕方がないのです。

 さらに、事業の伸長に合わせて新しい経理業務が増えた場合、場当たり的に処理方法を作っていくために、全体として「非効率な経理業務プロセス」ができ上がり、経理スタッフの毎日は、面倒な作業に忙殺されて過ぎていきます。

「ものたりない経理問題」は、このような悪循環の中で多くの中小企業を苦しめているのです。

「ものたりない経理」が
「すごい経理」になる3つのステップ

 この「ものたりない経理問題」を解決し、売上に直結する部署としての「すごい経理」に生まれ変わるためには、次の3つのステップを踏むことが有効です。

経理部が「お金を生む部署」になる3つのステップ経理を変えると、会社は変わる。

【ステップ(1)徹底的な業務効率化】

 まず取り組むべきは、徹底的な業務効率化です。「売上を生まないバックオフィス業務の改善に人件費を割くのは難しい」ということなら、既存の業務を徹底的に効率化して余裕を作り出すしかありません

 そこで役に立つのがクラウド会計です。Fintechの技術を取り入れたクラウド会計を使いこなせば、経理のルーティン業務は80%減少するとも言われています。

【ステップ(2)経営判断に重要な情報を素早く・簡単にモニタリングできる仕組みを作る】

 クラウド会計の活用で時間的な余裕ができたら、経営判断に重要な情報が素早くかつ簡単にモニタリングできる「仕組み作り」に取り掛かります。

 大企業のような複雑な経営資料分析は必要ありません。大事なのは「売上は伸びているか?」、「利益は出ているか?」、「金は足りているか?」という3つの問いにタイムリーに答えられることです。

【ステップ(3)CFO的なスタンスでサポートしてくれる会計事務所と付き合う】

 ここで、「そんな施策を企画立案できる人材が社内にいない」という問題にぶち当たります。もし社内に適任者がいないのであれば、外部に求めるしかありません。

 いまだに記帳作業をメイン業務とする「単なる事務処理屋」のような会計事務所も多いのですが、クラウド会計の普及に伴い、若手税理士を中心に、事務処理は手際よく終えてCFO的な経営サポートに力を入れる会計事務所が増えてきています。このようなスタンスの会計事務所を見つけ出し、一丸となってステップ(1)、(2)の施策に取り掛かるのです。

 この3つのステップを踏むことで、「ものたりない経理」を、成長のエンジンとなる「すごい経理」へと変革していくのです。

経理部が「お金を生む部署」になる3つのステップ米津良治(よねづ・りょうじ)
1983年生まれ。上智大学法学部卒。税理士。税理士法人ファーサイト・パートナー。上場企業にてIR職、経理職等を経て現職。企業勤務時代に社内横断の業務プロセス改善プロジェクトの中心メンバーとして活動したことをきっかけに、業務効率化にこだわりを持つ。早くからクラウド会計の優位性に着目し、研究を開始。わずか1年で30社以上のクライアントにクラウド会計を導入した実績を持つ。共著に『会計事務所と会社の経理がクラウド会計を使いこなす本』などがある。

単純業務を5時間減らして
融資を受けられるようになった事例

 最後に、上記3ステップで経理が変わった成功例を1つご紹介します。

 システム開発業のA社(年商5000万円)は、経理スタッフが自己流で日々の預金出納や請求書発行、経費精算をこなし、翌月15日頃に1ヵ月分の経理資料を会計事務所にドサッと送り、会計事務所が月末までに会計ソフトにデータの入力をして試算表で報告するだけ、という典型的な「ものたりない経理問題」を抱えていました。

 まずは上記のステップ(1)としてクラウド会計を導入し、仕訳作成や給与事務などの単純作業に要する時間を、ひと月当たり5時間減らすことに成功しました。

 クラウド会計導入で時間的な余裕ができたところで、これまで作成されていなかったシステム開発業務のプロジェクトリストを整備し、プロジェクトの受注状況を把握しやすくしました。これにより、受注状況から6ヵ月先までの収支を予測できる資金繰り表が、毎月簡単に作成できるようになりました。

 この間、A社は売上拡大に伴って新人設計スタッフを雇用し、かつ長期間におよぶプロジェクトを受注したために資金繰りの不安が生じたものの、この資金繰り表のおかげで資金繰りの「谷間」が予測できたため、計画的に融資を受けることができるようになりました。今も、順調に業績を伸ばしています。

 クラウド会計の活かし方は企業によりさまざまですが、A社の成功のきっかけは、まずクラウド会計を導入して徹底的に業務を効率化し、応用的な経理業務に取り組む時間を捻出できた点にあります。

 クラウド会計は、単なる「便利なツール」ではなく、会社の生産性を底上げするための「新しい会計インフラ」として考えるのが、適切な認識だと言えるでしょう。

 書籍『会計事務所と会社の経理がクラウド会計を使いこなす本』では、クラウド会計を最大限機能させるための手順を、会社の規模に合わせて具体的な画面とともに詳しく紹介しています。御社の「ものたりない経理」を「すごい経理」に進化させるヒントを見つける上でお役に立てれば幸いです。