「理想」に走って、
国民の首を締めていた

実際、オバマ政権が米国民の生活をどれだけ豊かにしたのかは微妙である。すでに見たとおり、失業問題を早期に解消し、家計をあたためるための具体策を彼は十分に講じてこなかった。むしろ、実際にやっていたのは、家計を圧迫する増税政策である。

オバマ政権の経済政策としては大きなメニューだったオバマケアにも問題があった。「国民皆保険」に通ずるこの政策自体は、民主党政権の看板政策として妥当だし、マイノリティのための医療制度が貧弱な米国にとって、大きな意義があったのは間違いない。

ただ、この制度には「導入の仕方」に問題があった。オバマケアという新たな社会保障制度を導入するとなれば、当然、保険料を徴収することになるが、その負担は家計の可処分所得を押し下げる要因になる。リーマンショック以降、経済が低迷し賃金が上がらない状況のなかで、オバマケアの理想に邁進して国民に負担を強いればどうなるか、考えが及ばなかったのだろうか?オバマ大統領が救いたかったはずの中低所得者の家計は、相当に圧迫されただろう。

経済状況を勘案した導入措置として、たとえば財政支出でカバーすることで、家計への負担をもっと和らげることもできたはずである。財政政策に手をつけづらい状況があったとしても、あれほど拙速に家計に負担を押し付けるようなことはすべきではなかった。

米大統領選の「前」にプロの投資家が考えていたこと米国の賃金上昇率の推移

「拡張的財政政策」がトランプの勝因

こうした一連の経済失策の結果、米国では長らく中低所得者の賃金上昇率が低く抑えつけられ、国内での格差拡大が進んできた。FRBが2度目の利上げを決めたことからもわかるとおり、雇用の状況は少しずつ改善しているが、多くの国民が豊かさを感じられない現状が続いている。

「オバマ大統領の後継者」を自任するクリントン氏が当選していれば、これを変えようとする動きは出てこなかっただろう。しかし、国民の多くはそれを望まなかった。だとすれば、大型減税やインフラ投資などの財政支出拡大を公約としていたトランプ氏に期待が集まったのは、じつに自然なことだったと言えないだろうか。

トランプ氏が実際に財政政策を拡張方向に転じることに成功すれば、米国の経済成長率は相当に高まることになるだろう。トランプ新政権で財務長官に就任するスティーブン・ムニューチン氏は、11月30日の記者会見の時点では「法人と中間所得層を対象にした減税、規制緩和、インフラ投資、2国間の貿易協定―これらを通じて米国は3~4%の経済成長を達成できる」と発言している。また、大統領就任演説があった2017年1月20日に、トランプ氏は自らのサイトで「4%の年間成長率」を目標として掲げている。2011~16年までの米国の経済成長率は約2%であるから、かなり具体的な効果を見込んでいるということだ。

低成長経済のなかで無策を続けたオバマ政権とは対照的に、トランプ政権は経済成長を重視する政策へと大きくレジームチェンジを遂げようとしている。インフレ率および民間投資の伸び率の低さを踏まえれば、米国における拡張的な財政政策は望ましい。少なくとも私はそう考えるし、実際、そう考えている海外投資家が多数を占めるからこそ、大幅な株高・金利上昇・ドル高といった「トランプ相場」のトレンドが続いているのである。

[通説]「トランプ当選は理解不能。さまざまな偶然が重なった」
【真相】否。原因はシンプル。「オバマ経済」への不満が原動力。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。