『恍惚の人』から45年、認知症書籍が「本人の声を聞く」内容に変化した意味

社会が押し付ける様々な誤解に「ノー」

 高齢者介護をテーマにした本が相次いで出版されている。なかでも、身体介護でなく、心や精神の機能の衰え、即ち認知症に絞った作品が多い。それだけ一般的な関心事になっている。認知症をめぐる家族殺人事件が珍しいことではない。事態は深刻である。

 1972年に有吉佐和子による小説『恍惚の人』がその嚆矢だろう。認知症の悩みを初めて世間に知らしめた。社会問題として突き付けた。

 小説の中で、義父の家族介護に翻弄された女性が福祉事務所に相談すると「どうしても隔離なさりたいなら、今のところ一般の精神病院しか収容する施設はないんです」と言われる。なぜ精神病院なのか。

 福祉事務所の老人福祉指導主事は「老人性痴呆は老人性の精神病なんですよ」と説明する。当時の実態であろう。時代の限界でもあった。「人格欠損と呼ばれる」という記述もある。

 この10年前、1963年に老人福祉法が制定され、特別養護老人ホームの設置などが規定された。だが、認知症の人の入所施設とはみなされていなかった。『恍惚の人』が新潮文庫に入り、その解説に「痴呆の老人を対象とする特別養護老人ホームが民間レベルでぼちぼち設置運営されている」とある。日付は1982年5月だ。小説が発表されてから10年後である。

 10年経っても「ぼちぼち」でしかなかった。

 認知症は医療の対象で、病院しか相手にしてもらえなかった。認知症の当事者たちの気持ちを聞いてみようとは誰も気がつかなかった。