予測に頼らない
反脆さの仕組みを理解すれば、不確実な環境のもとで、予測に頼らずに意思決定を下すための体系的で包括的な指針を築くことができる。ビジネス、政治、医療、生活全般のように、未知が大部分を占める場所や、ランダムで、予測不能で、不透明で、物事を完璧に理解できない状況では、反脆さが大きな役割を果たす。
システムに害をもたらす事象の発生を予測するよりも、システムが脆いかどうかを見分けるほうがずっとラクだ。脆さは測れるが、リスクは測れない(リスクが測れるのは、カジノの世界や、“リスクの専門家”を自称する連中の頭の中だけの話だ)。私は、重大で稀少な事象のリスクを計算したり、その発生を予測したりすることはできないという事実を、「ブラック・スワン問題」と呼んでいる。脆さを測るのは、この問題の解決策となる。変動性による被害の受けやすさは測定できるし、その被害をもたらす事象を予測するよりはよっぽど簡単だ。だから、本書では、現代の予測、予知、リスク管理のアプローチを根底からひっくり返したいと思っている。
応用する分野や領域は何であれ、本書では、脆さを緩和したり反脆さを利用したりすることで、脆い状態から反脆い状態へと移転するための鉄則を提案する。そして、次の簡単な非対称性テストを使えば、たいていは反脆さ(や脆さ)を見極められる。ランダムな事象(や一定の衝撃)によるダウンサイド(潜在的損失)よりもアップサイド(潜在的利得)のほうが大きいものは反脆い。その逆のものは脆い。
反脆さを奪うとどうなるか
今日まで生き残ってきたありとあらゆる自然界の(複雑な)システムに、反脆さという性質が備わっているとすれば、変動性、ランダム性、ストレスを奪うのはかえってシステムにとって有害になるはずだ。システムはみるみる弱まり、死に、崩壊するだろう。私たちはランダム性や変動性を抑えこもうとするあまり、経済、健康、政治、教育など、ほとんどすべてのものを脆弱にしてきた。1か月も布団にくるまって、『戦争と平和』の完全版を読んだり、『ザ・ソプラノズ』の全86話を観たりしていれば、ストレスを失った筋肉は萎え、複雑な人体のシステムは衰え、悪くすれば死んでしまうかもしれない。現代の構造化された世界の大部分は、トップダウン型の政策やシステム(本書でいう「ソビエト=ハーバード流の錯覚」)を通じて、私たちを傷つけつづけている。ひと言でいえば、システムの持つ反脆さを侮辱しているわけだ。
これは現代性のもたらした悲劇だ。ノイローゼみたいに過保護な親や、よかれと思って何かをする人たちが、いちばんの加害者であることも多い。
トップダウン的なもののほとんどが脆さを生み出し、反脆さや成長を妨げているとすれば、ボトムアップ的なものはみな、適度なストレスや無秩序のもとで成長する。発見、イノベーション、技術的進歩のプロセス自体を担っているのは、学校教育ではなく、反脆いいじくり回し(ティンカリング)や積極的なリスク・テイクなのだ。