一流の経営者やリーダーは何をやっているのか? 人気コンサルタント小宮一慶氏の最新刊『経営者の教科書』(ダイヤモンド社)は、その20年以上の経験から成功する経営者・リーダーになるための極意をまとめた本です。本連載では、同書の中から抜粋して、成功するリーダーになるための考え方と行動について、くわしく解説していきます。
資源の最適配分の本質は「公私混同」をなくすこと
経営とは、(1)企業の方向づけ、(2)資源の最適配分、(3)人を動かす、の三つをやることだというのは、すでに説明しました。
一番目の「企業の方向づけ」は、とても難しいものです。将来にわたってお客さまに買っていただけるQPS(クオリティ、プライス、サービス)を見つけ続けて、それを商品やサービスに落とし込むのは、とても難しいことなのです。言うのは簡単、やるのはすごく難しい。
では、私が経営の仕事の二つ目に挙げた「資源の最適配分」はというと、実のところ場合によっては、こちらの方がより難しいかもしれません。
言葉で表すなら、単にヒト、モノ、カネ、経営者の時間などを適切に配分するというだけのことですが、実践するのは容易ではないのです。
なぜなら、「私利私欲」が働くからです。「公私混同」をどうしてもしてしまう。自分と闘わなければならないのです。10人ほどの小さな会社を20年以上経営してきた私でも、なかなか難しいのです。
大企業でも、中小企業でも会社がうまくいかなくなる大きな原因の一つが、この「私利私欲」「公私混同」です。これはオーナー経営者でもサラリーマン経営者でも同じです。経営や生き方の勉強を十分にしていない人が上に立つと、どうしても自分の利益を優先することを考えがちです。それではうまくいくものもいかなくなります。
そんな人を部下もお客さまも世間も好きではないからです。もちろん、私も含めて、誰もが聖人君子にはなれませんが、それでも成功する生き方や考え方を学ばなければならないのです。
社長になり、あるいは、経営幹部になると、権限が増えます。人事異動をする権限、お金を使う権限など様々です。時間もそうです。そうしたとき、「自分のために」ということが先に来る経営者には、やはり人がついてこなくなり、組織の力が落ちます。
企業全体がそんな考えなら、お客さまも離れていきます。業績も当然落ちます。中小企業では、経理に奥さんなど身内を置いておき、ひどい経営者になると自宅で使うテレビなどまで会社の経費で買ってしまいます。
さらには、家族旅行の費用やプライベートの飲み食いまで会社の費用で落とす。それは、はっきり言って、自ら「会社を成功させたくない」と宣伝しているようなものです。
一番良いのは、良い会社を作り、儲けて、給料を沢山取ることです。
そして疑義のあるものは自分で払うのです。あるいは個人会社を作ってその経費を使うのです。会社が良くなって給料を沢山取ることに関しては、従業員は誰も文句を言いません。
しかし、たいした会社でもないのに、経営者が会社のお金をくすねるような行為をしていると、下にいる人はアホらしくなってきます。社長が私用で使う高級車や社長の家族の海外旅行の費用を稼ぐために、なぜ自分たちが必死になって働かなければいけないのだ、と腹立たしく思うでしょう。
そうすると、部下たちもまた、仕事を適当にやるようになり、また、自分自身のために働くようになるのです。当然、会社はおかしくなっていきます。
For the company
大切なのは、For myself ではなくて、「For the company――会社のために」という気持ちです。社長も従業員もその気持ちを持って働いているかどうかです。
社長が公私混同していては、部下もFor the companyの気持ちを持てなくなり、部下は働かなくなります。経営者自身も後ろめたい気持ちがありますし、会社も儲からなくなります。儲からなくなると、社長は給料が十分に取れません。そして給料が取れないから、余計に公私混同して、会社のお金を使いたくなる。ますます、会社がおかしくなる。この悪循環です。
良い循環を作り出したいなら、皆がFor the companyと、「会社のために」という気持ちで働くことです。
そのためには、まず社長がそう思うことです。皆がFor the companyで働けば、当然のことながらFor myselfで仕事をしているより、会社は格段に良くなりずっと儲かります。
でも、そのためには、まず社長の姿勢が重要なのです。 これはサラリーマン社長でも、オーナー社長でも同じです。サラリーマン社長であっても、社長になれば止める人がいませんから、自分に都合のいいことばかりやっている人も少なからずいます。
でも、そんな経営者のいる会社はダメになります。公私混同を、社長がいかに止められるかが、とても重要なのです。
繰り返しますが、聖人君子になれと言っているのではありません。お客さま、従業員、株主、仕入れ先さん、地域社会が喜ぶ良い会社を作れば、結果として多くの利益が出ます。そのうえで、社長もたくさんの給与をもらえばいいのです。
これに関して、いくつか話をしなければならないことがあります。まず第一はFor the companyということは、For the divisionでもないということです。
トップが公私混同しない
そもそもトップが公私混同していたら、下の人間はFor the companyの気持ちを絶対に持てないのです。私の会社は小さな会社ですが、それでも経営者として、公私混同には細心の注意を払っています。気をつけないと、とても難しいことだということを体感しているからです。
例えば、私は会社に早めに出社し、朝7時頃に来ることもあります。会社は9時始まりですが、それまでに原稿を書いたり、お客さまに礼状を書いたり、時には友達にはがきを書いたりと、プライベートな用事も済ませてしまいたいからです。
そのとき、お客さまへの礼状なら、はがきを書いて秘書に渡せば出しておいてくれます。けれど、自分の友達にはがきを出す場合は、書いたはがきと一緒に切手代を秘書に渡すのです。それはプライベートなことだから、たったわずかなお金でも会社のお金を使わないという意思表示になります。
そういう小さなことから公私混同しないことが、とても大事なのだと私は思っているのです。はがき一枚の切手代くらい会社で払っておけばいいじゃないか、という気持ちもあるでしょう。私はオーナー経営者ですし、創業経営者ですから、誰も文句は言いません。
しかし、それではいけないのです。わずかなお金だからこそ、自分で払わなければいけません。上の人間がそれをしていると、下の人間も同じことをし始めます。小さなところから会社はおかしくなるのです。
同じことを部下がやっても許せるかどうか
公私混同かそうでないかの基準は、とても簡単。同じことを部下がやっても、許せるかどうかです。
それが、切手1枚であっても、飲み代であっても、車であっても同じです。 例えば、部下が営業車を使って休みの日に家族で旅行へ行くことなど許している会社はほとんどないと思いますが、許していないなら、自分もプライベートで会社の車を使ってはいけないのです。
家族との食事代を会社の経費にすることを部下に認めていないなら(こんな会社もないと思います)、自分のプライベートの飲み代を経費にしてはいけないのです。オーナー経営者であるからといって、会社を私物化してはいけないのです。
部下は「なぜ社長がプライベートで使う車のために働かなきゃいけないんだ」と思うでしょう。後でも話しますが、私は、20年ほど前に、倒産直前の会社の若い女性社員さんから「社長のセルシオのために働いていると思うと、アホらしくて働けない」と言われたことを一生絶対忘れないと思います。
「同じことを部下がやっても許せるか」というような基準をしっかり持っていると、経営も人生も間違いません。間違った基準を持つから、おかしくなるのです。経営や人生の生きた勉強というのは、成功するための基準や考え方をしっかり勉強して身につけることなのです。
成功する経営者は会社を優先できる人
公私混同をしない。それはつまり、自分をいかに律せられるかです。「あなたのやっていることは、公私混同だ」とは、トップには誰も言ってくれないのです。
それは、「経営」のもう一つの仕事である「人を動かす」にもおおいに関係します。部下を動かし、また自分が経営者として100%のエネルギーを出すためには、正しいことをやっている、「正々堂々」としていられることが大切であり、そのためには公私混同を絶対に避けるべきです。
松下幸之助さんは、松下電器の遵奉すべき7精神というのを定めていました。その中の一つに「公明正大」と書いておられます。これは「正々堂々」と同じ意味で、誰にも後ろめたい気持ちを持たないということです。公私混同を、絶対にやらないということです。
お金の使い方はもちろん、人事異動なども、本当にそれが会社にとってベストなのか、For the companyになっているかどうかを基準として考えるのです。
ただし、For the companyを、自分に都合よく拡大解釈しないことです。
例えば、経営者の気分が悪いと会社が上手くいかないからと、夜の銀座へ出かけていって、会社の金をぱーっと使うことをFor the companyだと言ってしまえばそれまでですが、では同じことを部下がやっても許せるでしょうか。あくまでも、それが判断基準です。
「欲」を一段階高めればビジネスは成功する
中には、「会社やビジネスなど私利私欲で始めるものじゃないか」と言う人もいるでしょう。それは確かにそうかもしれません。私なども偉そうなことを言っていますが、最初は私や従業員の家族が食べるためだという要素が大きかったことは否めません。食べていくためだったり、お金持ちになりたい、あるいは名誉欲という動機から会社を興した人も多いでしょう。だから、最初はそのために必死に頑張るのです。必死に頑張るから、ある程度はうまくいく。
しかし、問題はそこからなのです。そこそこうまくいった時から、その後、食べるのに困らなくなった後、それでもお金のために働くのか、それとも、仕事にもっと高い目的や目標を見いだせるかで、仕事の質やレベルが上がるかどうかが決まるのです。
言い換えれば、それまでの「欲」をより高いレベルの「欲」に高められるかどうかが大成功のカギなのです。そして、それをより高い欲に変えられた人が、結果として経済的にもより豊かになるのです。
松下幸之助さんや稲盛和夫さんを見ていれば分かることです。「利益」や「報酬」というものは「結果」なのです。 経営者として仕事を続けていて、このことに気づくことがとても大切です。
私利私欲だけでは会社は続かないのです。ある一定のところまでは頑張れても、そこから本当に会社を大きくできるかどうか、社会から評価されるかどうかは、もう一段、自身の心のステップを上げる必要があります。考え方のレベルを上げる必要があるのです。
自分のためだけではなく、社会やお客さま、従業員のことを優先できるかどうかです。そのような会社のほうが、間違いなく良い結果を出せるのです。欲のレベルを高めるとは、自分(たち)のことしか考えない欲から、お客さまや従業員、そして社会全体を良くしようとする欲に変えられるか、そこがビジネスを本当に成功させられるかの大きなポイントなのです。
言い換えれば、このことが分かるかどうかは、自分以外の視点から、自分や自社を見ることができるかどうかということなのです。
経営コンサルタント
株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役会長CEO
十数社の非常勤取締役や監査役、顧問も務める。
1957年大阪府堺市生まれ。京都大学法学部を卒業し、東京銀行に入行。84年から2年間米国ダートマス大学経営大学院に留学し、MBA取得。帰国後、同行で経営戦略情報システムやM&Aに携わったのち、岡本アソシエイツ取締役に転じ、国際コンサルティングにあたる。その間の93年初夏には、カンボジアPKOに国際選挙監視員として参加。94年5月からは日本福祉サービス(現セントケア・ホールディング)企画部長として在宅介護の問題に取り組む。96年に小宮コンサルタンツを設立し、現在に至る。2014年より、名古屋大学客員教授。
著書に『社長の教科書』『ドラッカーが「マネジメント」でいちばん伝えたかったこと。』(ダイヤモンド社)、『どんな時代もサバイバルする会社の「社長力」養成講座』『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』『ビジネスマンのための「読書力」養成講座』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「1秒!」で財務諸表を読む方法』『図解キャッシュフロー経営』(東洋経済新報社)他、100冊以上がある。
※次回は、6月28日(水)掲載予定です。