これまでにも、アムステルダムの安楽死協会の本部を訪ねて話を聞いてきたが、これほど具体的に医師の言葉で直接に語られることはなかった。ボスキル医師は、このあと一連の経緯を検証委員会に報告して、安楽死であることを認める報告を待った。「3ヵ月も待たされて不安だったが、きちんと認めてもらえました」という。

 というのも、安楽死は犯罪であるが、法に定めたルールに則れば罪とならないからだ。

認知症で安楽死を望む

 もう一人は認知症の人である。生物学者だった93歳の独身女性。10年前に「安楽死を望みます」という書類を書いていた。その時は健康だったが、次第に認知症が進み出していた。ほかの病気はなかった。

 この1~2年は、専門の生物の写真や絵を見ても理解できなくなった。新聞を読むことが難しくなり、活字も分からなくなった。いつも周囲に「安楽死したい」と話していた。時折、「戦争が起きる」と言い出すこともあった。だがボスキルさんは「それは妄想ではない。意識が正常になる時もあった」という。ボスキルさんとは別の医師も、安楽死に賛成した。

 安楽死の日が近づくと、音信が途絶えていた息子が遠方からやってきた。様々の書類を整理するための来訪だったが、「これほど母親と仲良く過ごしたのは初めて」と喜んでいた。本人は致死薬を「自分で飲む」と言って、その通りにした。

 10年前に書き上げた安楽死の要望書は、その後、チェックされなかったが、本人の意思ということで、安楽死が認められた。

 ボスキルさんは「このように、ナーシングホームに入りたくない、自宅で安楽死したいと言う高齢者は多い」と話す。たとえ、認知症になっても、その前の健康な時に意思表示しておけば有効だという。

 オランダで安楽死した人は、2016年に6091人に上る。亡くなった人の4%である。安楽死を選んだ人のうち、がん患者が最も多いのは今も変わりなく68%、4137人だった。認知症の人は年々増えており、同年には141人で安楽死者の2.3%となった。5年前には49人で、同1.3%に過ぎなかった。