かつての日本人や現在の東北の被災者は
感情を抑えて悲しみを消化している

 私は、感情に素直に従い過ぎるのは、決して得策ではないと思っています。

 感情だけにとどまっていればまだしも、それが行動に直結すると問題が大きくなってしまいます。電車の中で「キレる」大人が増えていますが、感情を発露していい場面といけない場面をコントロールできず、暴力的な行為につながってしまう怖れも否定できないのです。

 かつての日本人は、辛いことを表に出さない人が一般的でした。

 太平洋戦争で戦死した兵隊の家族が「名誉の戦死でした。ありがとうございます」と感情を抑える。さらに昔の武士の世界でも、切腹を命ぜられた武士の家族が、表面上には感情を出さないでうまく悲しみを消化していく。

 こうしたやり方は、日本人に染みついた悲しみや苦しみの処理の仕方だったのではないでしょうか。

 現代の日本に目を転じると、東北の被災地の人たちは5カ月が過ぎた現在でも、まだ自分の感情を上手く表現していない人がいると聞いています。

 精神分析の考えでは、感情を抑圧し過ぎると思わぬ弊害が引き起こされ、トラウマ後遺症などを発症すると理解されています。

 ただ、昔の日本人や今の東北の被災者の方々のように、感情を抑えて自分の中で悲しみを消化していく人もいると思うのです。そういう人たちがすべて、トラウマ後遺症に悩まされるかというと、必ずしもそうではないと思っています。

 問題は、そういう人たちの行動には表れない「辛い」「悲しい」という感情を理解するこまやかな想像力を持った人が減りつつあることではないでしょうか。淡々としているから、あの人はもう悲しみを乗り越えたと勝手に解釈したり、大きな声をあげて悲しみを訴える人だけにケアを集中させてしまったりする風潮があるように感じています。