付き合いや接待に良し、大事な人との記念日に使うもよし。思わず誰かに教えたくなる、誰かを連れて行きたくなる手打ち蕎麦の名店ばかりを厳選。そこでのもてなしは、まさに五つ星。連載第1回目は、京橋の路地裏にひっそりと佇む「流石 はなれ」を紹介する。

挽きたて、打ちたて、茹でたて、
究極の三たてを創り上げた店

 新富町から数分歩いた路地にひっそりとたたずむ、「流石はなれ」。数ある手打ち蕎麦屋でも、この店は一種特異な蕎麦屋かもしれない。

 なるべく目立たず、静かにしていたいという亭主が、訪れる者をさりげなく迎えてくれる。

 客がカウンター席に腰を落としてから、手引き石臼で挽き粉を作り、客の目の前で蕎麦をこねる。鮮やかな手さばきで麺棒を操り、大きな蕎麦包丁で蕎麦布を切る。その手際の良さは、これを見るだけでも価値があると唸らせる。

 “挽きたて、打ちたて、茹でたての三たて”、と蕎麦を少しでも齧ったことがある人は必ず耳にする言葉だが、「はなれ」はその究極のスタイルを創り上げた店だ。

「こんな蕎麦屋をやれるのは幸運です」、亭主の矢守さんが言う。 

 客にとってはなんとも贅沢なことなのだが、店にとってはいかにも効率が悪いのではないのか。だが、この非効率さこそが客に満足をもたらす、と思考を巡らせた末の選択である。

新富町から歩いて数分、隠れるようにその店はある。「市中の山居」と呼ぶに相応しい佇まい

 確かに都心近くにこのような蕎麦屋を造るのは、よほどの物好きかもしれない。しかし、言い換えれば、このような蕎麦屋に客として入れること、そして誰かを招くことができるのは幸運だろう。