2017年8月31日、札幌高等裁判所において、ITシステムの発注者企業を震撼させる判決が出た。

発注者側である旭川医科大学が、システムが完成しなかったにもかかわらず、開発ベンダーであるNTT東日本に対して約14億1500万円もの支払いを命じられたのだ。

なぜ、こんなことが起きたのか?

元東京高等裁判所のIT専門調停員であり、『システムを「外注」するときに読む本』において日本のITシステムプロジェクトの「闇」に一石を投じた著者が、この事件の経緯と、事件から発注者が学ぶべき点について緊急寄稿で解説する。

IT紛争の「定番」がまたしても勃発した

8月31日、札幌高等裁判所で注目すべきIT裁判の判決が出ました。

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【事件の概要】
旭川医科大学は、2008年8月に、電子カルテを中核とする病院情報管理システムの刷新を企画し、NTT東日本に開発を依頼した。

しかし、プロジェクトの開始直後から、現場の医師たちによる追加要件が相次ぎ、プロジェクトが混乱した。NTT東日本は、1000近くにのぼる追加項目のうち、625項目を受け入れた上で、仕様を凍結(もうこれ以上要件の追加・変更は行なわないことで合意すること)し、納期も延長することになった。

しかし、仕様凍結後も現場医師らの要望は止まず、さらに171項目の追加項目が寄せられた

NTT東日本は、さらに追加された171件のうちの136件の項目を受け入れたが、開発はさらに遅延し、結局、旭川医大は期日通りにシステムを納品しなかったことを理由に、契約解除を通告した。

これついてNTT東日本は、「プロジェクトの失敗は旭川医大が要件の追加・変更を繰り返したことが原因だ」と損害賠償を求めた。

しかし、旭川医大は、「NTT東日本が納期を守らず、テスト段階での品質も悪かった」と反論し、裁判になった。

【札幌高等裁判所の判断】
札幌高等裁判所は、「旭川医大に100%の責任がある」として約14億1500万円の支払いを命じる判決を出した。

実は、この裁判は、一審で「失敗の責任の8割がNTT東日本にある」とされていた。それだけに、この逆転判決に大きな反響が起きている。

旭川医大は2017年9月14日、判決を不服として最高裁に上告した。
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ITシステム導入プロジェクトに参加したことのある方ならば、この経緯を見て、「あぁ……」と、思い当たることがあるかもしれません。

システムを導入しようとした発注者が、システムの要件(システムにどんな機能を持たせたいか、画面や速度はどうしたいのかといったこと)をスケジュールを無視して追加・変更し続け、ついにシステムが完成しなかった、ということは少なくないからです。

この事件は、システム導入プロジェクト紛争の中で、最も大きな原因となりやすい「発注者の義務」について争われたものです。

今後、ITプロジェクトに携わることが決まっていたり、携わることになるかもしれない方に、是非とも参考にしていただきたい事件ですので、簡単に論点を整理します。

【支払額14億超】なぜ、発注者が失敗の「全責任」を負わされるのか?【旭川医大事件緊急解説】「発注者全面敗訴」の判決が下された理由とは?

ベンダーの「プロジェクト管理義務」と
発注者の「協力義務」にキモがある

この事件を表面的に見れば、システム開発において、発注者がいつまでも要件の追加・変更を繰り返し続けることはプロジェクトを頓挫させる大きな要因となり、結果としてシステムが完成しないばかりか、経営に大ダメージを与える損害を自身が被ることにつながるのだ、という点がクローズアップされることになるでしょう。

ただし、この判決を見て、発注者側の人が「ワガママを言い続けてはダメなんだな……」と考えたり、ベンダー側の人が「ほらみろ! 要件をいつまでも凍結しない発注者は悪者なのだ!」と考えるのは、やや早計です。

私は、今年まで東京高等裁判所において無数のIT紛争を見てきました。この旭川医大事件をはじめとする多くのIT紛争では、発注者がいつまでも要件の追加・変更を続けることがプロジェクトにどれほどの影響を与えるのか、その危険を熟知しているのはベンダーであるというのが一般的な認識です。

その危険をよく説明し、場合によっては代替案を提示をしたり、発注者の要求を断ったり、あるいは追加費用に要求や納期の延長を申し出るのはベンダーの「義務」だ(「権利」ではありません)とする判決が多く出ています。

このことは一般に「ベンダーのプロジェクト管理義務」と呼ばれ、IT紛争の世界では、もはや常識と言って良い考え方です。ただ単に発注者が要求変更を繰り返すだけならば、むしろベンダーの方が悪いという判決も少なくないのです(平成16年 3月10日 東京地裁 など)。

押さえておかなくてはいけないことは、ベンダーだけではなく、発注者にも「義務」があるということです。

ベンダーが発注者に対して「もう無理」と言ったとき、その警告を受けて次善策をベンダーと一緒に検討することは、「発注者の協力義務」と呼ばれる義務の重要な要素の1つなのです。

さて、この2つの義務を、今回の旭川医大事件に当てはめてみましょう。