応用力さえあれば短い時間で
最先端にキャッチアップできる

 必要なことはまだあります。その後私は大学院に行くわけですが、大学院修了後、今度は人事制度コンサルティングのプロを目指しました。今に至るベースを築いた時期ですが、正直に吐露すれば、それまで私は人事に関しては全くの素人でしたし、野村総研自体も「人事はお金にならない」と誰も手をつけていませんでした。

 しかし私はそこで「HRM(ヒューマンリソースマネジメント)、人材育成、組織開発のプロになる」と宣言して、独学で研究を深めました。この分野を選んだ理由は、「これからの企業にとって大事な領域なのに野村総研では誰もやっていない。この道のプロになれれば、きっと生涯食べて行ける」と思ったからでした。第一、私にとってはとても面白そうに見えたのです。言ってみれば山っ気と好奇心です。特に山っ気は、本当に大切なことなのです。

 実は、きっかけがあります。大学院から帰ってきた時に、当時の上司から「大学院で学んだ知見をすぐにアウトプットしろ」と言われました。最初は無茶ぶりだと思いました。大学院で学んだだけでは、問題意識はあっても、まだ発表などできるレベルのものは何もなかったからです。しかし「『マネジメント・ルネサンス』という企業変革に関する本を共著で書いて出版するので、そのうちの1章を書け」と命令されたわけです。

 悩みました。私の研究テーマは「組織の中でイノベーションが殺されていくプロセス」でした。そこで考えたのは、その逆で「組織の中でイノベーションが殺されないプロセス」を考えればいいということでした。つまり、組織の中でイノベーション=新しい考えや概念を皆に理解させるためのプロセスです。

 大学で学んだエベレット・ロジャーズの普及学が浮かびました。もともとマーケティングを専門としていましたから、その考えには親和性を感じ、新しい概念を組織の中に浸透させるために、マーケティングの論理が使えると思ったわけです。インナーマーケティングの概念です。普及学を社内で応用しようと思いました。「スキーマ・チェンジ」という言葉も生み出しました。

 スキーマ・チェンジについて簡単に記しておきましょう。スキーマとは「先験的認知枠」、つまり、「組織やその人の判断の基準となる枠」を指します。常識と言ってもいいでしょう。これを変える。そうしなければイノベーションは起こらないからです。

 いろいろな方法論を考えました。例えば無理やりにでも体験させる。「いいから、だまされたと思ってやってみろ」です。通常は知識を得て、態度を形成して、それから決定をして実行する。その順序を無視して、まず実行させてしまう。その経験が良ければ、結果として決定がなされ、新たなスキーマが固定化されるからです。

 もちろん、そう簡単に行くとは限りません。徹底的にロジックを必要とする場合もあります。逆に、感情で攻め込んだ方がいい場合もあります。だからと言って、あまりいいことばかり喧伝するのは賢い方法ではありません。リアリステック・ジョブ・プレビューならぬリアリスティック・イノベーション・プレビュー(いわば、現実的なイノベーション情報の事前開示)と言いますが、たくさんのいい情報に混ぜて、嫌な情報も紹介します。そうやって皆のマインドセットを軟着陸させるのです。あるいは、段階的なスキーマ・チェンジが必要な場合もあります。