いま、「美術史」に注目が集まっている――。社会がグローバル化する中、世界のエリートたちが当然のように身につけている教養に、ようやく日本でも目が向き始めたのだ。10月5日に発売されたばかりの新刊『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』においても、グローバルに活躍する企業ユニ・チャーム株式会社の社長高原豪久氏が「美術史を知らずして、世界とは戦えない」とコメントを寄せている。そこで本書の著者・木村泰司氏に、知っておきたい美術の知識、そしてその時代に起きた出来事などについて紹介してもらう。今回は、17世紀に黄金時代を迎えたオランダ絵画と、その時代に起きた「チューリップ・バブル」について解説します。

市民が主役! オランダ絵画の世界

 17世紀のオランダでは、国際貿易により財を成した市民階級が台頭しました。同時代のイタリアやフランスでは教皇や王家が文化的影響力を持っていたのに対し、17世紀オランダ絵画の黄金時代を築いたのは、経済が繁栄した社会に生きた、彼ら裕福な市民階級だったのです。

 貴族的なライフスタイルを真似るようになった彼らの邸宅を飾るために、大量の絵画が制作されるようになっていきます。そしてそれらの絵画の多くは、宮殿ではなく個人の家を飾る目的だったため、サイズは小さく、そのジャンルもさまざまでした。オランダでは、信仰の自由は認められていたものの、カルヴァン主義の改革派教会が公的な宗教とされたため、教会(カトリックは聖堂、プロテスタントは教会)のための宗教美術は認められません。そのため、格が高かった歴史画ではなく、肖像画や風俗画、風景画などのジャンルが求められるようになり、それぞれのジャンルが専門化されたのです。

 たとえば、プロテスタント社会のオランダで人気を博したのが、一般市民の日常生活を描いた「風俗画」です。17世紀オランダ風俗画の多くに、格言や教訓が込められました。正しい信仰生活へ導くための、さまざまな美徳や悪徳が描かれたのです。

酒を片手にした男性を描いたオランダの風俗画(フランス・ハルス「陽気な酒飲み」1628~30年頃)

  風俗画に多い風景として「飲酒」の場面があります。これは、オランダ人がヨーロッパ一の大酒飲み(主にビール)として知られていたからです。当然、絵画のメッセージは「節制」を促しています。パイプ煙草も頻繁に描かれていますが、これも17世紀のオランダでパイプ煙草が大流行していたからです。ギャンブル好きな国民性で知られたオランダ人らしく、その戒めとして昼間から居酒屋でトランプ遊びをする人たちが描かれることもありました。

 こうして美術品の需要が高まったオランダでは、注文によって絵画を制作するだけでなく、現在の美術市場のように画家たちが「売れそうな」絵画を制作し、画商や定期市で販売する流通システムが確立しました。市民社会が豊かになるとファッションにおけるオートクチュール(お仕立て)からプレタポルテ(既製服)が主流になるのと同じことで、オランダが経済的に豊かな市民社会を樹立し、彼らが絵画の購買層になったことがわかります。