“ひどい貧しさ”の農村から
「現代の科挙」で這い上がってきた人

 亡くなった欧建新は1975年、湖南省の農村に生まれている。

 75年生まれの欧建新は中国の“ひどい貧しさ”を知る最後の世代ともいえる。そして、毛沢東の出身地でもある湖南省は、内陸の、一言でいえば“古い”エリアである。

 当時の農村は、いい教師も少ない、教材も入手できない。

 しかし子どもの頃から成績優秀だった欧建新は、1994年、北京の航空航天大学に合格する。ここは外国での知名度は低いが、北京大学、清華大学と並ぶ、専門ではそれ以上の国内最高峰の大学で、ロケットや、航空学、軍関係の科学技術を研究している。

 私も北京大学の留学時代に、友人とよく遊びに行ったが、国が別格扱いでお金を落としており、桁違いにきれいなキャンパスだった。北京大学から、軍事レーダーの研究に行った北朝鮮の留学生もいた。

 中国の大学入試は、“現代の科挙”である。

 有名大学を卒業していい企業に就職すれば、農民でも都市戸籍と都市在住の権利が手に入る。いいコネクションもつかめる。中国の受験が過熱するのは、それが今も普通の人の運命をまったく変えるからだ。

 今の“身分”を変えるために。よりよい人生のために、そして家族を豊かにするために……。針の穴をくぐるような入試で、欧建新が死ぬほど頑張った、ということは、中国人なら誰でもわかる。

 98年、大学を卒業した欧建新は、最初は故郷の国営の航空研究所に勤務する。その後、深センに行き、華為に就職した。そこで8年働いた後、天津の南開大学の大学院に3年通い、MBA修士のディプロマを取る。そして2011年に中興通訊(ZTE)の子会社、深セン中興網信科技有限公司に開発担当責任者として入社する。

 彼の妻いわく、

「非常に仕事熱心でまじめ。社の商品のモデルチェンジの時は、何日も続けて徹夜をし、また残業が終わって家に帰っても朝まで仕事をし、そのまま出勤していた。家族にも非常にいいお父さんだった」