寝たきりで松崎氏の前任地に来院した60代の膵がんの男性は20リットルもの腹水を抜いて退院。3ヵ月後には仕事再開の電話で松崎氏を驚かせた。8.7リットルを抜いた4日後に、ゴルフで18ホールを回って「楽しかった」と報告してきた乳がん末期の女性もいる。松崎氏は「腹水治療の真骨頂は闘病する意欲が再びわき上がること」だという。

 余命を告知された人が再び口から好物を食べ、ぐっすり眠れるようになる。腹水の圧迫から解放された臓器の血流が回復し、消化排泄機能が戻ってくる。そのまま穏やかに死と向き合ってもいい。しかし気力と体力が甦れば、もう一度抗がん剤治療を、という気持ちも出てくる。余命1週間を告知された70代の卵巣がんの女性は腹水治療後に抗がん剤治療を再開。1年後も元気な声を聞かせてくれた。

「抜いたら弱る」から「抜いたら元気になる」へ。この新常識は医者のあいだでも未だ普及途上だ。症例を積み重ね、「新」の文字が不要になる日が待ち遠しい。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)