ファシリテーターは、ゴールを見失わないために自分の意識が細部に集中してしまわないようにしないといけません。しかし当事者に近ければ近いほどそれは簡単ではなく、内容に知見のある「外部の人」がファシリテーターとして適任と言われるのはそのためでもあります。

『ストーリーでわかるファシリテーション入門』では、物語の最後に鯨岡が1日10時間×4日にわたる戦略ワークショップを行うシーンが出てきましたが、こういう議論をファシリテーターなしに行うのはほとんど不可能です。逆にいいファシリテーターが育っていないため、こういうレベルの高いワークショップがなかなかできないというのが日本の残念な現状でもあります。

 ところで、世の中にはゴールが曖昧なミーティングが意外とたくさんあります。ファシリテーターの仕事はミーティングのゴールの確認から始まりますが、確認してみると、ミーティングの必要がないということもあります。ゴールを確認し、意味のないミーティングをやめることも、ファシリテーターの重要な役割です。

 ファシリテーションが(掛け算の九九や文字のように)社会のインフラとして定着していくと、不要なミーティングも減っていくのではないかと期待しています。

〈技術2〉
話しやすい状況を維持する

 自己主張が強い、しゃべりたい人が多いアメリカなどでは、ファシリテーターの苦労の一つは、いかにおしゃべりをコントロールしてゴールに向かわせるかですが、日本ではその逆で、いかに口を開いてもらうかが大きな仕事です。

 この両方の場合に威力を発揮する便利な方法があります。それは「グランドルール」と「話す前に書く」というやり方です。

(注:グランドルールづくりとは、議論を始めるにあたって、自由に話せる場をつくるためのルールを参加者から提案してもらいリスト化する作業。全員の賛同を確認することと、全員が見えるところにリストを貼っておくことがポイント。)

 何だグランドルールか、と思われる人がいるかもしれません。たしかに、この10年でずいぶん知っている人が増えましたが、実は使っていない人がほとんどでしょう。つくるのに要する時間は10~15分程度ですが、貴重な会議の時間の中で、これだけの時間をグランドルールづくりに使うのはもったいない。あるいは面倒だと思ってしまうからです。その気持ちはよくわかりますが、話しやすい状況を維持するためには、想像以上に有効な方法なのです。

 なぜ有効なのか、その理由を2つお話ししておきましょう。

 まず、グランドルールをつくるプロセス自体に場の空気を変える力があります。「へーぇ、こんなことするのか」「いつもと違うな」という参加者の気持ちが「空気」を変えるのです。

 2つ目に、グランドルールをつくって壁に貼っておくと、違反者が出てきたときに「ほら」と指すだけで簡単に状況をコントロールできます。「否定は慎んでください」と口頭で注意すると角が立ちます。それを嫌ってついつい放任してしまうというのはよくあることですが、そうすると声の大きな人が支配する場になってしまいます。書いてあれば、それをそっと指さすだけで伝わります。自分たちでつくったルールですから、反論の余地はありません。