こんな例がある。ある人が、上司から苛められていた。何事にもはっきりしなかったからだ。彼は、あるプライベートの場で、その上司の膝を強く叩いた。なんの話題だったのか知らないが、「その通り」と言うつもりで、なぜか向かい合って座っていた上司の膝を叩いたのだ。怒られるぞ、と思った。

 ところが、あにはからんや、上司はにこにこし、「もう一回叩いてくれ」と言った。彼は、言われた通りに叩いた。それからと言うもの、上司の苛めは無くなった。ちょっとした勇気を出して、上司に強く出たことが功を奏したのだ。不思議なことだが、苛めから、パワハラから抜け出すのは、こんな些細なことかもしれない。上司の不当な行為に、ちょっと勇気を出せるか、出せないかなのだ。

 芥川賞作家で臨済宗の僧侶でもある玄侑宗久さんが『まわりみち極楽論』(朝日新聞社刊)の中で、人間関係に悩んだらという質問に答えて「地獄、餓鬼、修羅だって、いわば最悪の人間関係の表現なんだと思います」と言い、あの人とだけはうまくいかないという場合は「まず好かれなくちゃいけない」と諭している。

 玄侑さんは、好かれるためには、相手に対して、おのずと慎み深い姿勢になるだろうとも言う。要するに、相手の言い分を聞き、少し待ち、呼吸を整えてから自分の考えを言う。こういう姿勢で上司に臨めばいいのだ。

 あなたがパワハラを受けていれば、一歩引き、呼吸を整えて、「失礼ですが、私の考えを述べてもよろしいでしょうか」と上司に言う。するときっと上司は、「うう」と身構えて、あなたを見直すだろう。呼吸を整えること、これが上司の膝を叩いた彼と同じようにちょっとした勇気なのだ。間違いなく、たったこれだけのことで、ウマが合わない上司のパワハラは無くなるだろう。試してもらいたい。