そんな中、晋一が出入りしていたバーの従業員だった石母田幸子(香山美子)、バーを経営する松浦時枝(南田洋子)は新聞記者の協力を借りつつ、晋一の無罪を立証するため、あちこちを駆けずり回り、その一つとして晋一が卒業したろう学校(現在の特別支援学校)の校長(笠智衆)を訪ねます。

 ここで盛んに強調されているのが、「口話」という手法です。口話とは口の動きを通じて、相手の意図を理解する方法で、聴覚障害者が聞こえる人と対話する際、一つの方法と見なされていました。

 映画では、ろう学校を訪ねた幸子や時枝が、授業風景を見学した際、教師(倍賞千恵子)が口話を子どもたちに教える描写があり、耳が聞こえなくても会話を理解できることが強調されています。

 さらに、映画でも晋一が取り調べを受けたり、弁護士が晋一の無罪を立証したり、裁判官が判決を言い渡したりする際、晋一は付添人の支援を受けつつ、口話で内容を概ね理解できる設定になっています。

 しかし、口話だけでは複雑な内容を伝えられません。例えば、「コピーを取る」「ごみを取る」という口の動きはほぼ一緒なので、口の動きだけで違いを読み取りにくいのです。

 ましてや自供を引き出したい刑事や、検察官が浴びせるトリッキーな質問とか、難解な法律用語はゆっくり話さないと理解できないはずですが、映画では通常のスピードで会話が流れていき、手話通訳や要約筆記といった情報保障もなされていません。

 この映画は、見落とされがちな聴覚障害者の生活に着目した点は画期的だったでしょうし、「ろう学校に2回も行って研究した」(1964年11月13日『読売新聞』夕刊)という田村正和も聴覚障害者を好演していますが、今の価値観で見ると、聴覚障害者に対する情報保障という視点を欠いていることに気づかされます。

手話をベースとした画期的な映画
「普通の人」と違う点を強調

 1961年公開の『名もなく貧しく美しく』も、聴覚障害者に焦点を当てた映画です。主人公の秋子(高峰秀子)は幼少期に聴覚を失った女性。ある程度は発声できるのですが、夫と死別した後、嫁ぎ先を半ば追い出され、実家でも姉や弟に嫌われて苦労します。