政治行政に対する報道は、特に権力の監視という観点から行われることが多く、「調査報道」については不正を正すことを目的に、「論評」については事象を肯定するよりは批判的に論じられる傾向が強い。

 確かに、財務省の決裁文書の書き換え問題を朝日新聞が報道したことは、公文書の管理のあり方に光が当たるきっかけになり、メディアとして重要な役割を果たしたと言える。しかしその後、メディア各社の報道では、建設的に再発を防止する手立てが議論されることは少なく、面白おかしく見せるバッシングや、媒体のイデオロギーが見え隠れし、冷静な提言がなされているとは言い難い。

真に重要な行政の情報が報道されない

 地方行政に関する報道も同様に批判的な視点が強く、自治体がその功績を認められることは少ない。

 たとえば、財政再建を進めた自治体の取り組み、組織風土や人事制度、ないしは、教育委員会を改革した自治体もあるが、多くの場合にそれらは大きく扱われず、深堀りした報道がなされていない。

 むしろ、改革を進めたことによって、利権を失った既得権益者からの批判を浴びる首長の姿を、公平な論点整理がないままに報道することは日常茶飯事である。

 実際、多くの首長や自治体職員は、「価値のある取り組みでも、地味な内容や難解な内容はメディアに取り上げられない」と嘆く。その一方で、移住・観光のPR動画や、ゆるキャラなどがメディアに取り上げられて来た過去がある。

 税金を投入してまで作ったPR動画によって、観光客数や移住者は増えたのかどうか、ある自治体には50種類近くのゆるキャラが存在するが、それは本当に必要なのかどうかなど、本質的な分析が置き去りにされることも多い。

 本来の行政の意義は、困っている人に手を差し伸べることにある。たとえば、児童虐待や生活保護の担当者が様々な葛藤の中、セーフティーネットとして機能している点は、民間人に知られることはあまりない。そういった地味ではあるが、意義のある業務は行政に数多く存在する。