「日銀引き受け国債発行で財政支出をファイナンスしても、物価が上昇するとは限らない」と前回述べた。例えば、増加する財政支出がすべて移転支出であり、それが全額貯蓄される場合がそうだ。
この場合には、政府の貯蓄投資差額が財政支出増加額だけ減少するが、他方で家計の貯蓄投資差額が財政支出増加額だけ増加する。これらは打ち消し合うので、経済のマクロ的なバランスに影響が及ばないのである。しばしば、「日銀引き受けの国債発行は紙幣を刷って財政支出を支弁することだから、紙幣の増加に比例して物価が上がる」と言われるが、必ずそうなるとは限らないわけだ。
ただし、仮にそうであっても、無制限に日銀引き受けに頼っていいわけではない。なぜなら、それによって財政節度が弛緩し、無駄な経費が増える危険があるからだ。
日銀引き受け国債発行が
物価を引き上げるとは限らない
上で述べたのは、極端なケースである。移転支出でも一部は消費に回る(実際、現在の日本の財政支出には移転支出が多いが、それに見合って貯蓄が増えているわけではない。つまり、移転支出のかなりの部分は消費されている)。また、増加する財政支出の一部は政府による財・サービスの購入に回る。だから、経済全体の需要は増加し、物価を引き上げる可能性がある。
また、現代のように国際間の資本移動が自由である世界においては、利子率の低下が海外への資本流出を増加させて円安をもたらし、それが輸入価格を引き上げて消費者物価を引き上げる。
したがって、日銀引き受けで国債を発行して財政支出を賄った場合、物価にどのような影響があるかは、事前に確定的に言えることではない。それは、実証分析の問題である。
終戦直後の混乱期を除くと、日銀引き受けの国債発行は行なわれていないので、直接的に実証分析をすることはできない。
しかし、2001年からの量的緩和の経験は、この問題に関してデータを与える。
なぜなら、日銀引き受けでも市中からの購入でも、「日銀の国債購入額だけベースマネーが増加する」という点では同じだからだ。それがマネーストックにいかに影響し、物価や産出量などの経済活動にいかなる影響を与えるかも、同じである。日銀引き受けが市中からの購入と違うのは、前回述べたように、ベースマネーの増大が確実に生じることである。