EVシフトの「先」に訪れるモビリティの未来

 このように様々な思惑がうごめくEVシフト騒動だが、イーロン・マスクは我関せずで己が信じる未来に向けて歩みを止める様子を微塵も見せない。

 そして、多量の電力を必要とする自動運転車についても、他の自動車メーカーを置き去りにする勢いで、開発と実用化を進めている。

 テスラが既に実用化している「オートパイロット」は、米運輸省高速道路交通安全局(NHSTA)が定める5つのレベルからなる自律走行車の基準ではレベル2に留まるが、イーロン・マスクは早期でのレベル4(完全自動運転のレベル)実現に自信を示しているという。

 テスラのエンジニアは今この瞬間にも街を走り回っている顧客の車からデータを取得し、自動運転システムの向上を進めており、こうしている間に収集したデータの量は他を圧倒する規模となっている可能性がある。

 イーロン・マスクが目指すのは、「エネルギー」の進化の牽引者として単にEVの販売によって利潤を得ることではなく、「モビリティ」の進化の先を実現する世界のインフラを構築することなのである。

 かつて、馬車が石油を燃料とする自動車に取って代わられる「自動車シフト」が起こった際に、フォード・モーターの創業者であるヘンリー・フォードがライン生産方式による大量生産技術を導入するだけでなく、自動車が走るための道路の計画・開発を当時の米国政府に働きかけた。

 T型フォードがライン生産方式によってロールアウトしたのは1913年のことだったが、1916年には州をまたいだ国レベルの道路網を整備するための補助金「連邦道路整備補助案(Federal Aid Highway Act of 1916)」が連邦議会を通過、イリノイ州シカゴと西部のカリフォルニア州サンタモニカを結ぶ、ジャズのスタンダード曲として有名な国道「ルート66」が1926年に開通している。

 ヘンリー・フォードがT型フォードと道路整備に向けた働きかけで、自動車があまねく普及した世界を目指したのに対して、元々馬車製造業者だったGMの創設者ウィリアム・C・デュラントは大衆車から高級車まで、複数のブランドで幅広い製品を並べて販売網を整備する戦略を取り、二人はともに自動車時代の勝者となった。

 イーロン・マスクは自動運転車時代におけるフォードになるのか、それともデュラントになるのか。その答えは恐らく10~20年後には明らかになるだろう。

(この原稿は書籍『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)