哲人の言葉を青年に届けるための
自然で感覚的な語り方
──たしかに細谷さんの青年は哲人に強く突っかかっていきますね。一方、井上さんの哲人は非常に落ち着かれていて話すテンポもゆっくりという感じです。そのあたりはかなり役づくりを意識されたんでしょうか?
細谷 ちょっと説明が難しいんですけど、この作品は登場人物が2人いるわけです。そして哲人の言葉のほう、つまりアドラーの教えを読者に伝えたいと思う。また、青年が哲人のように穏やかに話していたらそこに差異が生まれない。だから、役の人物像だけを考えるわけじゃなくて、作品の目的だとか、相手との対比だとか、そういうことからも考えていきます。哲人が青年に向かって届ける言葉って、たぶん青年のように生きている人にとって、とても耳に痛いし、あり得ないことを言っている感じが絶対にあると思います。だから、世間ではこうだと声高に言うことで、読者代表として哲人をやり込める小気味よさも持たせたい。そうじゃないと哲人の穏やかな回答も生きてこないと思っていましたね。
井上 僕が考えていたのは、青年にどうすれば伝わるのかなということです。彼は熱くなっているわけですから、そこにさらに熱いものを注いでもダメじゃないですか。穏やかな話し方のほうが青年の気持ちに流れ込んでいくだろうと。ぶつけるのではなく、青年の心に言葉を届けるという感じかな。でもそれは計算してやっているわけじゃなくて、自然で感覚的に出てきた語り方です。
細谷 感覚的なものってとても重要だと思います。演技プランとしてこうやりましたと理論的に言えるものではないんですよね。特に今回は、役づくりというより本の内容に強い感銘を受けたのでそう思います。
──では、それぞれの相手役、つまり細谷さんは井上さんの演じる哲人、井上さんは細谷さんの演じる青年を聴いてどのような印象を抱かれましたか?
細谷 僕は哲人ってある意味超越している人だと思います。素晴らしい思想を持っているけれど、自分の教えで変われる人もいれば、そうじゃない人もいるって全部わかっている。その前提で哲人は青年に話をしてくれている。だから、たとえ変われない人が文句を言ってきても、予想どおりだとか、残念だとかいう気持ちもなく、自然体で「そうなんですね」と初めて向き合うように新鮮に言える。井上さんの哲人からそんなことを感じましたね。
井上 僕は細谷くんの青年からエネルギーというか、生きることに一生懸命っていうのをすごく感じました。一生懸命だからこそ人生について真剣に悩むし、『幸せになる勇気』では生徒のことを思って必死に努力する。すごく前向きに進んでいる人なんだなって。だから哲人としては、このエネルギーに応えるにはどんな語り方をすればいいだろうと考えました。気持ち的に上に立つとか指示をするのではなく、いつでも対等に一緒に考える哲人ですよね。それが一生懸命生きている青年とちゃんと向き合っていくことになるはずですから。