人生100年時代に時間は「投資」対象となる

 2017年のベストセラーの一つに『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』という本がある。今から約90年後の2107年には先進国では半数以上が100歳を超えるようになるという時代の生き方を示唆したものだ。

 そこでは、これまで80歳程度の平均寿命を前提に「教育」「仕事」「引退」の3段階で考えられてきたライフコースは抜本的に考え直されるべきで、「教育」「仕事」を複数回繰り返すような、リカレント教育(生涯教育)の重要性などが語られている。

 恐らく、リカレント教育のようなものは、近い将来当たり前になっていくだろう。だから、個人の観点では、どこの高校を出たかとか、最初に入った大学がどこか、などというのはあまり意味のないものになる。

 むしろ、「教育」「仕事」を一定期間置いて繰り返すよりは、日常の暇な時間自体を19世紀の英仏のブルジョワ階級の言うところの「個人の開花や、調和の取れた主体形成」、すなわち自己投資に使うのが主体になるかもしれない。

 そして、消費することしかできない者はどうなるのか? もしかしたら、ベーシック・インカム(※)が導入されて、そのような人たちはベーシック・インカムで衣食住のコストをまかないながら、余った中から必要な娯楽費を支払う、という生活をしているかもしれない。

※ベーシック・インカムとは、最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要な額の現金を定期的に支給するという政策。

 一方、企業の観点では、このような2種類の個人がいる世界の中で、どう時間をマネタイズするか、そういう視点が必要だろう。

「個人の開花や、調和の取れた主体形成」のために提供できる付加価値はいくらでもあり得るであろうし、とにかく果てしなき暇潰しを少しでも短い時間に感じさせるための娯楽を提供する、というのも一つのあり方だ。

 しかし、恐らく個人の観点では、前者はより自分の価値が向上し、さらにより多くの仕事を人生を通じてやっていける人になるだろう。そして後者は『マトリックス』で描かれたカプセルで培養されるような人生を送ることになるだろう。

 それでも当人が幸せであれば問題ないし、実際に本人の幸福度はその方が高いかもしれないが、今や私たちはそのような選択を迫られる岐路に立っていると言えよう。

(この原稿は書籍『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)